待ち合わせ場所へと向かう途中で、待ち合わせ相手の内の一人とバッタリ出くわし、遥は琢巳と並んで歩いていた。
 雑踏の向こう側に指定した場所が見えてきて、遥の視線がそこを捉えるよりも先に、琢巳の陽気な声がした。
 揶揄する含みを持った響きだ。琢巳がこんな声音を出す時はたいてい、ろくでもない物を発見した時だ。しかもチラリと横顔に当たった視線が、遥のそんな予感を確信へと変える。
「なぁって!遥っ!」
 とことん無視を決め込もうとしたのだが、琢巳の粘りに根負けする。仕方なしに斜に見遣った。
「んだよ」
「まだなんも言ってねーのに、不機嫌な声出すなよなぁ」
 琢巳は口を尖らせる。“ふり”でしかないのだけれど。
「お前がその口調の時は、しょうもないことばっかだ」
 力強く断言する遥に、琢巳は興を見つけた顔つきになる。「判ってんじゃん、俺のこと」と満足げな感じすら受ける。
「で?」
 素直に喜ばれっぱなしも何となく癪に障るので先を促す。琢巳は残念だなという素振りを見せてから、進行方向を指差した。待ち合わせの場所だ。流れる人ごみの合間に見えた情景。遥はむっと眉をひそめた。
 想像通りの遥の反応に琢巳は更に嬉しそうだった。
「掴まってんな、榊。前にもあったって、言ってたよな」
 先に到着していた葵がどのくらいの間そこにいたかは不明だが、二人組の男に声を掛けられていた。否、からまれている、といった表現がしっくりくる。相手はかなり馴れ馴れしい態度だ。困りきった葵の顔が見え隠れする。
 前にも同じようなことがあった。葵は一人でいると、からまれ易い雰囲気でも醸し出しているのかもしれない。その時は今ほど強引ではなく、遥が登場した途端、そそくさと去っていったのだが。
「早く行ってやれよ。颯爽と彼女救出!株上がるぞ」
 そんなん必要ねぇよ、と内心で突っ込んでおく。平坦な声を作った。
「琢巳。お前が行ってくれ」
「は?」
 意外な遥の返事に、琢巳は素っ頓狂な声を出す。
「なに言ってんの?」
「葵の救出は任せた。俺は時間をずらして行くから」
「は?なに言ってんの?」
 さっきよりも少し大きくなった音量で、同じ内容を繰り返す。
 遥は思い出していた。
 前回、遥が姿を見せた途端に逃げていった男共の背中を。いまいち状況把握しきれていない葵のきょとんとした顔を。よっぽど、追い掛けていって文句の一つでも言ってやろうかと思ったほど、腹が立ったのだ。今思い出しただけでもむかつきが込み上げる。
 遥の思考回路を読み取ったわけではないが、さもそうしたようにして、琢巳は存知顔でニヤついた。加えて、勝手に遥の代弁を口にする。
「そうかそうか。怒りを抑える自信がないんだな?」
 図星だ。だが素直に認めるのは至極悔しい。遥は押し黙った。
 それを肯定とみなしたのか、琢巳は「了解、了解」と軽口を叩き、現場へと向かっていった。スキップでもしそうな足取りだ。
 去り際に琢巳が遥に、たっぷりからかう語調で投げ掛けたのは、
『もてる彼女を持つと、彼氏の立場ってのは大変だな』
 琢巳の背中を見送りながら、相手に聞こえる筈のない返事を返す。
「その通りだよ。文句あっか」
 それを窮屈に思ったことは一度だってない。むしろ、自慢にだってできる。
 葵は遥にとって、大切な友達ではなく、大切な彼女なのだから。




[短編掲載中]