最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
「同情も友情も愛情も、全部情ってつくのにね。たったひと文字違うだけなのに、全然違う中身になる」(by.更紗)の一言から話が膨らみました。
いくつになっても、誰かに恋をする時の気持ちって変わることはないんだろうなぁ、なんて思ってます。想う痛みというものを書き表してみたかったんです。
大人になればなるほど、率直で素直に想いを表現できないことは多くなるのではないでしょうか。もっとうまく冷静に動ける筈なのに、ともどかしくなる場面は、もしかしたら10代の恋愛よりも多いのかもしれないですよね。大人って、色んなもの背負い込んでけっこうがんじがらめになってますから(笑)
悪い人間ではないけれどむかつく奴、を書いてみたかったんですよね。もっともこれは視点次第でいくらでも変わってしまうものですが。
当初脇程度にしか想定していなかった暁登が予定以上に動きまして。けっこうみんな好き勝手に動き廻って出来上がった話です。
感想(一言投げ文歓迎!)や誤字・脱字のご指摘等ありましたら、メッセージお待ちしております。
ありがとうございました!
●2013.1.9●
5周年記念企画でブログにupしていたものをこちらへ移しました。
●2013.5.6●
こぼれ話。 *クリック開閉*
南更紗の後ろ姿がゲートの向こうに消えてしまっても、暁登はしばらく動けなかった。一度も振り返らなかった背中は、いっそ潔い。晴れやかな顔つきが、強く目蓋の裏に焼き付いていた。
可能性が全くないわけではない。そのことを確かめられただけでも来た甲斐があったというものだ。
自分一人だけが発つ直前の時間を過ごせた。言葉にしてしまえば何てことはないことなのに、なんだこの優越感は。自分がこんなにも一人の女性に囚われることなど、今まではなかった。南更紗と共にいる時だけで、新しい自分を見つける。それが思いのほか面白い。
感触は悪くない。そのことに満足し、期待して待っているだけでは駄目だ。これからの行動如何にかかってくる。どんなことが効果的か、知り合ってからの更紗を思い浮かべ、真剣に思案を開始してしまう。そこでふと、けっこう必死になっている己に気づき、笑えた。
まぁいい。しばらくは南も落ち着かないだろうから、その間に練るか。
我知らず口元に微笑を携えたまま、踵を返しかけて、視界に入り込んだ人物に動きを止めた。焦燥に染めきられた表情が、暁登を見つける。視線が暁登の周りを確認するように彷徨い、手応えを得られぬままに暁登に戻る。真っ直ぐに向かってきて、息を切らし立ち止まったのは、楠木高輝だ。
ついさっきまであった心地が、すっと温度を低めた。
「暁登、どうしてここに?」
よほど急いできたのだろう。たったこれだけの短い問い掛けも、切れ切れに吐き出した。
ついさきほどまで、これまでの更紗を思い浮かべていた所為なのか。高輝が加わることによってきつい思いをさせられていた彼女が連想され、苛立ちが沸く。反射で意地悪心が沸いて、とっさに抑え込む。
「楠木こそどうしたんだよ。仕事は」
デザイナーは基本内勤だ。空間デザインを手掛ける為に現場視察時やクライアントとの打ち合わせで外出することもあるにはあるが、営業と共にが常。一人でなど、まず有り得ない。
冷静な問い掛けに、判り易いほどに後ろめたさが浮かんだ。出社して、出立日を耳にし、飛び出してきたのだろう。辞令メールを受けた時の嵐を思えば、容易に想像がつく。
いやそれは、などとごにょごにょ口内で言い訳を連ねている。聞き取れないが、正直そんなもんどうでもいい。
「南なら、もう行った。ひと足遅かったな」
「見送りしたの」
用件を見透かされていたことに高輝の表情が強張る。たった一言の問い掛けに含まれる疑問を、口にしたくてできない様子が有り体だった。その内のひとつ、もっとも衝撃になるであろうひとつを拾い、わざと声にした。
「俺にだけは今日のこと、教えてくれてたからな」
隠そうともしない高輝の表情に、抑え込んだ苛立ちが簡単に浮上した。
ショック受けるとか、ふざけんな。被害者面とか有り得ないだろう。さんざん傷つけて、気づかなかったから仕方ないとでも言い訳するつもりか。南がどれだけきつい想いを覆って隠そうとしてきたか、ここでぶちまけてやろうか。人の想いの重さを知って、苦しめばいい。
衝動的に沸いた攻撃的な感情に、ふと別角度からの視点が思考に舞い降りた。
更紗の気持ちを鑑みて、確かに怒りを覚える部分はある。あるが総てではない。大部分を占めるのは、別のものだ。手放しでショックを受け、露骨に傷ついている高輝に、――そう、嫉妬しているのだ。
認めたくはないが、おそらくそれが一番しっくりくる。彼女に大きく影響を与える、この男に、俺は嫉妬している。
「望んだんだろ」
低く放たれた暁登の言葉を、心底心外そうに受け止める。泣きそうに歪んでいた表情に、憤怒が差す。
「俺が?」
「望んだんだよ、楠木は。人の気持ち、汲めるようになれよ。そしたら、判る」
「なんだよそれ。判るように言えよ」
いつかのカフェで、暁登が更紗を泣かしたと怒った時と同じ、篤さだ。そこに宿るのも、嫉妬か。
「あいにく俺は南みたいに親切じゃない。甘えんな。自分で考えろ」
口端に笑みを湛え、すげなく放つ。
互いに睨み合っていても、対象が同じでも、南更紗に対する想いは違う。全く異なるものだ。同じ土俵には決して上がることはない。いがみ合ったところで何の生産性もないのだ。――くだらねぇ。ついむきになってしまった。
暁登冷たい、などと文句たらたらの高輝を無視し、ゲートに背を向けた。心砕く相手は楠木高輝ではない。飛び立ったばかりの彼女だ。
今に見てろと挑戦的な心地が溢れていた。
誤字脱字報告・感想などなど。こちらから。