放課後というには少し遅い時間帯。学校近くのファミリーレストランには制服姿が溢れ、あちこちで談笑の花が咲いていた。
 その殆どが智姫達と同じ。この辺ではあまり見かけない制服を纏う目の前の少年二人は若干浮いて映る。あらためて同席するメンバーを見渡しても、奇妙な組み合わせだな、と北條智姫は思った。
 六人掛けのテーブルに五人が座っていた。鞄なんかの荷物のおかげで余裕があるわけではない。少しでも動けば隣の人物と触れ合うくらいの距離に、妹の詩姫は落ち着きない様子だった。やっぱり自分が真ん中に座るべきだったかとよぎるも、今更だ。わざわざ席を変えるとなると、いくら温和で有名な沙月だって気分を害するだろう。
 同じ部活の部長とマネージャーという立場で仲良くしているのは周知の事実だ。詩姫が、他の男子よりも沙月とは打ち解けているのは智姫じゃなくても判る。それでも今だに男の子に抵抗があることも事実で。大きく引き摺るほどに深い傷痕ではないけれど、幼い時に植え付けられた苦手意識というものはなかなかに根強いらしい。
 ボックス席の奥から智姫、詩姫、沙月の順に座っている。真向かい側にはノセと、ノセが所属するバスケ部の部長が並んでいる。
 遡ること二時間ほど前、ノセは部長と連れ立って智姫達の高校を訪れた。連絡先を交換していたにも関わらず、事前連絡無しの突然訪問だった。
 生徒会室にいた智姫の元へと真っ先に来たらしいノセは、ドアを開くなり「びっくりしたー?」と笑顔満面。姿を認めるよりも先に声の大きさに驚いたのは、言うまでもない。
 ぎょっとして一斉に固まった生徒会役員の面々を愉しそうに一巡視したノセが、雅司にだぶったことも、言うまでもない。
 用件は、バスケット部の練習試合の申し入れだった。
 他校とのこうした管理は、生徒会の介入するところではない。顧問同士で話をつけるのが慣例であり、まずは電話での打診がほとんどだ。生徒が直接交渉にくるなど、あまり聞いたことがない。
「うちの顧問ってな、生徒の自主性を重んじる、てのが信条らしくて。ぶっちゃけ、自分らで考えて迷惑かけない行動をとれ、って主義なんやな」
 分別ある大人がぶっちゃけちゃってるかは別として、それならば訪れる順番を間違えているでしょう、と出て然るべき質問をすれば、「まーまー、えーやないか」と、どうにも気の抜けた返答がきた。
 のらりくらりとノセの相手をしていては部活が終わってしまう、と先読みした智姫は、ノセ達を連れ立って体育館へ行き、何故か訪問の中身まで説明するはめになっていた。
 顧問が出張で不在の為、部長の沙月が応対し、これまた何故かファミリーレストランで打ち合わせ、という流れになった。そして何故か、智姫も同席することになったのだ。
 メンバーを勝手に決めたのはノセだ。学校使用が絡むから生徒会長は必須だと言い、自ら手を挙げた秀司にはあっさりと断りを入れていた。
 珍しくムキになっていた秀司だったが、部活からは部長とマネージャーがいれば事足りると言明されてしまえば、ぐぅの音も出せなかったらしい。本気で悔しかったらしく、瞬間は食い下がろうとして、そんな自分に気付いてすぐに平静の裏にそれらを隠そうとしたのを、物珍しく眺めてしまった。
 思い出すと笑える。友達期間だけでも秀司を結構知っているつもりだったけれど、色んな面がまだあるのだなと、なんだか感慨だった。
「なんや、ちー。思い出し笑いか?」
 やーらしー、と節づけた揶揄に、視線が智姫に集中した。回想から舞い戻り、注視に慌てる。
「やらしーってなによ」
 思わず声が大きくなってしまって、これでは余計茶化されるだけだと苦くなった。綻んでいたであろう口元を慌てて違う形にしようとすると、どうしてもむくれた感じにしかならない。
「思い出し笑いとか、むっつりスケベのすることやんか」
 おしぼりを投げつける体勢をとったと同時に、ひと際大きく愉しげな女の子の声が届いた。探るまでもなく、智姫達と並ぶボックス席のすぐ背後側からだと知れた。
 歓喜にも似た浮ついた声。聞くともなしに入ってくる単語だけで、内容は容易く把握できた。
 公共の場でその話題はいかがなものか。せめて音量を潜めるくらいはしてほしい。向かい側のノセ達にもばっちり聞こえているようで、目が合って互いに苦笑した。智姫達のテーブル上に、気まずい空気が流れる。
 当然、声高に語る彼女達には気配りする配慮は毛頭ない。ともすれば自慢ともとれる勢いで、意気揚々と続けていた。
「いまどき、高校生でえっちしたことないとか、生きる化石か、って感じじゃない?」
「きもいよね、まじで。男絶対ひくよぉ」
「でもさぁ、みんな隠してるけど、結構いるらしいよ」
「えー、まじでぇ?」
 誰、誰、とせっついて、幾人かの名前が挙げられた。矢継ぎ早に臆面なく続くお喋りに、こちらのテーブルにはすっかり沈黙が落ちていた。少なくともこの席に座る五人はあの手の話題に嬉々として乗るタイプではなかった。
 かといって、彼女達の話が一般的ではないと、一蹴することもできない。
 人の意見も考えもそれぞれだとは判っているけれど、だからこそ、彼女達と共通の考えの人というのは男女で多少の差異はあれど必ず存在する筈で。
 総てを真に受けるわけじゃない。そうじゃないけど、とは考えてしまう。
 自分もキモイと思われてしまうのだろうか。秀司がそうだとは思いたくない。でも、人の考えはその人のものだ。他人にどうこうできるものではない。
 そうではないと信じたい一方で、疑念が生じたのは否定できなかった。もしも、を想像してしまう。もしも彼が彼女達と同調するのなら――向けられたことも見掛けたこともないのに――蔑む視線が浮かんで、心がざらついた。


[短編掲載中]