明るく振舞っていても、言いたいことを躊躇っているのだと、判る。そう判るほどには仲良くなっていたんだなと、複雑な気持ちになった。
 更紗は梨恵とランチを食べていた。
 会社近くの、一汁三菜の和定食を売りにしたお店だ。雑穀を混ぜた白飯はほんのり甘く、無添加の味噌汁は出汁がきいていて美味しい。質素な風情なのに栄養バランスの整ったランチメニューは、もっぱら女性に人気らしい。
「土曜出勤なんて大変だね」
 本心からの労わりが伝わる。更紗は大袈裟にげんなりした表情を作った。
「まぁでも、通常営業日じゃないから電話鳴ることってまずないし、客先に振り廻されずに仕事進められるのは快適。服装だってこんなだから、案外だらけながらやってる」
 事務仕事一貫のつもりなので普段着だった。とはいえ、それなりにオフィス向き仕様を選択している。
「だらけちゃってるんだ」梨恵は可笑しそうに笑う。「かえって捗らなかったりして」
「言えてる」
 実際のところ、休日出勤しないと捌けないほどではなかった。家にいると雑事に時間を取られてしまう。じっくりと社長からの打診を考えたかった。
「ごめんね、急に。更紗ちゃんがいてくれてよかったー。御一人様って、どうも苦手で」
「こっちこそ、こんないいお店教えてもらっちゃってさ。ランチの選択肢が増えて嬉しいよ」
 梨恵から連絡があったのは、昼時間帯の少し前のことだった。ビルの近くに用事があって、と梨恵は言っていたが、最初から更紗と話す場を作るつもりだったのではないかと、踏んでいる。
 金曜日に仕事帰りの梨恵と廊下でばったり会い、雑談をした。その中で明日も出る予定と愚痴めいたことを言ったのだ。今日になって連絡があって、口実だろうと疑った。
 顔を合わせ、多少のぎこちなさが、それを証明していた。それでも、素知らぬふりで他愛ない日常会話を楽しんだ。話し出すのを躊躇っているのなら、無理に聞き出すこともない。きっと更紗にとっては面白くない話題だ。尚更避けたいところではある。
 デザートの豆乳プリンをスプーンで掬う。黒糖ソースが見た目を地味に演出しているが、口に含むとしつこくないほどよい甘みに感嘆した。
「美味しい」
 ランチが始まってから何度目かの「美味しい」の中で、一番の呟きだった。すでに満腹ではあったものの、やはりデザートは別腹だ。
「よかった。更紗ちゃんなら気に入ってくれると思ってたんだ」
「うん、気に入った」
 必要以上にほっとしたのが窺えた。心配していたのは料理の味云々ではない。判っていて黙っているのは、よくないだろうか。ここはこちらから促すべき?別に意地悪したいわけじゃない。ただ、自分にとって居心地の悪いことになる予感があるのなら、避けたいのが人のさがで。
「あの、ね」
 更紗の逡巡を、数秒の沈黙の中で汲み取ったように、梨恵がおずと発した。
「うん?」
 相槌が重くならぬよう気を配る。何も感じ取ってはいませんでしたよ、という態をとった。きっと話易くなる。
 梨恵は、意を決したように真顔を向けてきた。
「この前居酒屋でね、更紗ちゃんが言ってたこと、図星なんだよね」
 高輝の態度が梨恵を不安にさせてる。誰が見ても明らかなほど判り易いことなのに、当の高輝は気づいてもいなかった。もちろん、疑ったことすら無いのだろう。
「付き合ってるってゆーのに相変わらずだもんね、あいつ。突っ撥ねてんだけど鈍いんだかなかなか手強くて」
 飄々とした口調のまま苦笑した。
「2人でいても更紗ちゃんとか嶋河くんの話ばっかなの。あたしのこと、ちゃんと見てくれてるのかな、とか、思っちゃって。あたし、更紗ちゃんには敵わないんだなぁって」
「のろけ?」
 真剣過ぎる空気をほぐすためにも軽く返した。更紗まで深刻になってしまっては沈むだけだ。更紗も梨恵も、それを望んでいない。
「違うよっ。…違うんだけど。4人で逢ってた時の方がなんて言うか…」
「判り易いオーラ出てたもんね。高輝はさ、釣った魚になんとやらって人間じゃないよ。これは単なる想像だけど、安心したんじゃないのかな。好きな相手に好きだって言ってもらえて、幸せだなって思って。たぶん、幸せぼけしてるだけだよ。良くも悪くも芸術家肌なんだよね。ちょっとずれてるとこあるからさ。あんま普通はこうでしょって型にはめずにいてやって」
「よく判ってるよね、お互いのこと」
 滲むのは嫉妬か。
 嫉妬される謂れなどない。きつく言い放てたなら自分は、いったいどんな気分になるのか。自己嫌悪なのか、麗らかとなるのか。自分の中の醜い感情が、じくじくと疼く。
 攻撃的なこの衝動を抑えなければ。よき理解者を装わなければいけない。――自分の為に。偽善と罵られたとしても、他に選択肢はなかった。失いたくないのだ。
 ふ、と息を吐いた。落ち着けと心の内で唱える。
「知り合ってからそれなりの年月あるからね。嶋河くんに言われたんだ。付き合い長いんならちゃんと躾してこいよって。単なる友達なのに冗談じゃないって話だけど。でも梨恵ちゃんは彼女なんだから、しっかり頼むよ」
 冗談めかすとやっと梨恵の表情もほぐれた。
「更紗ちゃんに言ってもらえると、気持ち軽くなる」
 そ?と片眉を持ち上げた。
「ずっと傍にいて、支えてあげて。あたしが言うの、変だけどさ。あたしも少しだけデザイナーでいたから、判るんだ。どんな仕事でもそうなんだけど、自分との闘いみたいなの大きくて。閃きが枯れたら、やってけなくなる。先のことなんて誰にも判んないけどさ、高輝はたぶん、デザイナーとしてずっといくんだ。あたしの保証なんてなんの役にも立たないけどね。でもずっとやってくってことは、それ相応の負荷は圧し掛かってんの。一人だけで支えきれる人間なんて、きっとそんなにはいない。能天気そうに見えても、案外色々しょってる」
「あたしで…いいのかな」
「なに言ってんの。選んだの、あいつだよ」



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