ついさきほどまで騒然としていた室内も、過半数が外出すると嘘みたいに静かになるものである。
 ほんの少しのアルコールを入れた葵の誕生会は、総勢二十名ほどで始まり、夜も更けた頃には買い出しが必要になるほどの消費速度だった。
 数分前、沙月を連れ立った数名が買い物に出掛け、残った大半はそこかしこで眠りに落ちている。床に転がっている者もいれば、ソファに身体半分だけ乗っけて爆睡している者もいた。
 ぐるりと周囲を見渡し、遥は破顔した。滑稽な光景に違和感なく溶け込んでいる自分が可笑しい。酔っているとはいえ、比較的意識はしっかりしていた。否、しっかりさせられた。
 葵の誕生会を沙月の家で開く、と聞いた時には難色を示した。が、人数が多い中、盛り上がる場の中なら話し掛け易いだろ、と琢巳に押し切られたのだ。とにかく無しの礫で、途方に暮れかかっていた時期でもあり、乗ることにした。
 それなのに未だ、会話らしい会話は出来ずじまいだ。葵が意識的に、遥の傍にいないようにしていたのは明確だった。指摘すれば喧嘩腰になること必至で、今の今まで大人しく、軽く自棄酒していた。
 買い出し隊の先陣をきって外出していく琢巳に、出掛けに頭をはたかれた。無言の催促だ。忘れていたわけではないが、琢巳の目を思い出し、せっつかれている気分に陥る。
 琢巳達が出発して十数分は経過している。おちおちしてもいられないのだが、踏ん切りがつけられなかった。のんびりしている場合じゃないな、と奮い立たせ、グラスを持ったままベランダへと足を向けた。
 無言のまま柵に寄りかかる葵に近づき、並んで立つ。顔を窺うことが出来なかったが、葵もこちらを見ていないのは気配で判った。腹が立つ、というより、身体の内部がちくちくと痛い。
 急速に躊躇う気持ちが支配して、口を開けなくなってしまった。黙っていればそれだけ沈黙が重くなることを判っていて、入口の言葉が見つけられない。ほろ酔い気分も吹き飛んでいた。
 所在無くなっていたのは遥だけだったようで。
「遥ぁ―?呑んでる?」
 陽気な口調が夜気の静けさをぶち壊した。
 あまりにも突飛で、目を瞠り葵を見る。ばっちり視線が合って、遥を見てカラカラと葵は笑う。結構酔いが廻っているらしい。
「んん?」
 とろんとした目で、遥にずいと近づく。唐突な至近距離に、後退しそうになるのを堪えた。
「さ…避けないんだな」
「えぇー?避けてなんかないよぉ?普通にクラスメイトしてるらけらもん」
 ろれつが完全に怪しい。そんなに呑んではいなかったと思うが、弱いくちなのかもしれない。
 酔っていようが何だろうが、普通に接してくれているのを、何より嬉しく思った。失言以来頑なに、余所余所しさを全開にぶつけられてきたのだ。
 すんなりと戻れるのではないのかと、甘い思考が浮かぶあたり、遥も酔いが廻っているのだろう。ふわふわした気分に便乗して調子に乗りそうに動いた途端、失墜した。
「頑張ってる…から、ねぇ?」
「なに、が…だ?」
 遮った葵の口調はそれまでと何ら変化はなかった。閃くように、嫌な予感がした。知らずの内に、身構えていた。まったりとした酔っ払い口調が続く。
「忘れる、のぉ。君への気持ち、消しちゃうんだぁ。…でもねぇ、なかなか巧くいかなくてぇ。想いの消去、がね…。パソコンのゴミ箱に棄てるみたい、に…簡単にいかない、のね…?結構…根深いみたいぃ…」
 口調に変化はなかったが、遥を堕とすには充分な言だった。俯いて、ゆらゆら揺れながら、葵は謝った。眠くなるような速度のしゃべり調なのに、まどろむ優しさはない。欠片も。
 断言をここで否定しなければ、今しかないのだと焦燥にかられ、だったら辞めなくてもいい、と強引に割り込もうとした遥は、独白を続ける葵にあっさり遮られた。
「ごめん…ね?ちゃんと、諦めるから…。ちゃんと…忘れるから…」


[短編掲載中]