一語一句区切るが如く、呆れ果てた調子でぶつけられた声さえも、楽しそうに受け止めている。他の者達の、え、という表情に、満足げに口端を持ち上げた。
「さっすがー。絶対間違えないな、智姫は」
 飄々と返し、智姫の座る机の端に腰掛けた。
「あたしを試してるとか、言う?」
 たまにこうして、最上雅司は双子の弟である秀司のふりをして周囲を騙し、楽しんでいる。
「おっかない顔すんなって。ちょっとふざけただけだろー」
「それ、もう飽きた」
「智姫に通用しないのは薄々気づいてるけどさ、ほら、他の連中は判ってないべ?」
 両腕を広げ、おどけて肩を持ち上げた。雅司の言う通りの面持ちが二人を注視している。
 半信半疑、というよりは、智姫が言うのだから最上雅司で間違いはないのだろうけれど、よく見分けがつくな、と感心の色が窺えた。
「薄々じゃないから。見た目そっくりだけどさ、雅司は雅司だし、秀司は秀司じゃない」
 見分けがつかないことの方が判らない、と続けようとして、飲み込んだ。親でさえ間違えるらしいから、判らないのが普通なのかもしれない。
「そっくりどころの話じゃないって。最上兄弟も北條姉妹も」
 心底呆れた風に百花は言う。
 同学年に二組の双子がいる。北條智姫と詩姫。そして、最上雅司と秀司。どちらも一卵性双生児で、一年の時から双方共の友人である百花でも、最上兄弟の見分けはつけられていない。北條姉妹は髪型が異なるので見分けが可能だが、それが無ければ絶対に無理だと断言していた。
「双子のことは双子の立場にあるから判るってやつなのかもね」
 それこそが答えだといわんばかりの、百花の納得口調が可笑しい。
「そーゆうもんなのかもね」と同意しかけた智姫と、
「んなわけあるか。智姫と詩姫が髪型まで同じだったら見分けつかねぇって!」と真っ向から雅司は否定し、二人の声が重なった。
 室内の空気は、雅司の意見に同意している。人の意見は十人十色だしね、と話が続かないよう打ち切り、机に座る雅司を鋭く見上げた。
「で、雅司の席はあっちなわけだけど、仕事する気は?」
 智姫は持っていたシャープペンシルで空席の机を指した。
「ない。つか、俺にできるわけがない」
 悪びれることなく澱み無く返す雅司を、更に鋭くなった目線で刺したが、当の本人は頓着していない。
「あんたね…。仮にも生徒会長でしょ!?しかも、あたしより先に就任してたんだから、できないわけないじゃない!」
 何度同じ類のことを、この目の前の男に吐いてきたのだろう、とげんなりする。
「いい制度だよなぁ、ダブル生徒会長っての。しっかり者の智姫に任せておけば安泰だ」
 挑発ともいえる言動に乗った方が負けだ、と喉まで出掛かった言葉を無理矢理飲み下した。

 智姫の通う高校の生徒会役員選抜は、少し風変わりな特色がある。
 選挙に決まった時期はなく、ポストが空けば都度選挙を行なう。裏を返せば、辞める時期も自由。そして、会長職は二名を常任しているのが例規で、男女一人ずつが就任。これは男女平等に意見を聞く為の措置だとか。
 現在二年生の智姫が会長に任命されたのは、一年の終わりだった。立候補をしたわけではなく、教師側の半ば強引な押しがあったのだ。
 理由はいくつかある。
 入試試験次席の成績は、入学した後も堅調であったこと。帰宅部であったこと。手を焼くタイプの人間ではないこと。その当時から就任していた会長である最上雅司と友人関係であったこと。などなど。
 人並み程度に責任感を持つ智姫は、立候補ではないからなどという理由で適当に執務したりはしていない。投げ出すことなく、卒業間際まで任を解かれることはないだろう、と教師達は踏んでいるらしい。癪ではあるが、智姫自身もそんな気がしている。
 ちなみに、立候補で会長になった筈の雅司は、まともに執務をこなしたことはない。


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