百花に髪のセットをやってもらっていた生徒が完了したようで、笑顔満面で生徒会室をあとにするのを見送った。
「鮮やかなもんだよねー。だいぶ熟練してきたんじゃない?」
 到底智姫では作り出せない髪型でも、百花の手にかかればほんの数分で仕上がる。毎朝の手際の良さには感嘆するばかりだった。
「智姫に褒められるとは」
 百花は驚いた風を装っている。照れ臭いのを隠しているらしい。
「評判いいからね。髪型はよく褒められるよ」
 生徒会長として校内を動き廻ることが多く、ある種、智姫は広告塔といえた。
 あまりにも颯爽と賛辞を述べられ、正面で受け取っているのに耐えられなくなったらしい。百花は、智姫のが中途半端のまんまだ、と台詞がかった言い廻しの直後、再び智姫の背後を陣取った。すかさず髪をいじり出す。
 任せておけばあとどれだけも掛からない内に智姫の方も完了するだろう。ちらり、と時計に目をやり、生徒会役員に向かって口を開く。
「今日は解散しよ。立て込んでる時期でもないし。戸締り、やっとくから」
 鶴の一声に全員が賛同し、帰り支度を開始する。ひとたび行事が近づけば、たちまちここは戦場と化す。そうでない時期くらいは早く帰っても許されるだろう。
 次々と去っていく背中の最後を見届け、百花の方も終わり、長く息を吐いて背もたれに寄り掛かった。
「お疲れー。って、智姫はまだ帰らないわけ?」
 背後にいたままの百花は智姫の肩を叩き出す。美容師を目指すからにはマッサージもこなせないと、と普段から意気込んでいるだけあって、なかなか気持ちがいい。
「やらなきゃいけないのが」
 と言って、びっしりと文字が記載された書類の束を持ち上げる。雅司がそれを覗き込み、「うへぇ」と変な声を出し、露骨に厭そうな表情になる。
「他の奴らに任せられるの無いのかよ?会長じゃなくてもいいのだって、あんだろ」
「雅司が言っていい台詞じゃないよね、それ」
 平淡に智姫は述べる。
 ちなみに、役割分担はきちんと配分しているので、基本的には会長の仕事しか請け負っていない。会長二人分の、だから容量が多いだけの話。
「だったら、やってもらえばいーしょ」
 名案思いついた的な明るさで、至極当然のことを百花は口にする。
 ずい、と書類を押し付けられ、雅司は苦虫を潰した。「やぶへび…」
 大仰な溜息と共に、空いている方の会長席に着座する。
「最上兄はさ、出席率だけは他の役員と同じくらい良いよねー」
 そういう百花も、雅司と同等なくらい生徒会室にいる時間は多い。
「雅司は単に、ものぐさなだけ。気合いが入るのは女の子と話する時くらい?」
「スケコマシか、俺は」
 気だるそうに書類に目を通しつつ、気だるそうに抗議する。
「違ったっけ?」
 最上兄弟は、双子でありながら両極端な異なる性格をしていた。同じなのは容姿だけだ、と断言しても過言ではなく。
 それは自分達にも当て嵌まるのだけれど。
「博愛主義者と言ってくれ」
「はいはい。その博愛の精神を持って、生徒会長の任をまっとうして下さい」
「俺に手厳しいこと言える女は智姫くらいだよなぁ」
「甘やかされっぱなしだと、ろくなことにならないからねー。少しは秀司を見習いなよ」
「弟を引き合いに出さないように。比べられんの、厭だろ?智姫だって」
「う、まぁ…だね。ごめん」


[短編掲載中]