視界のひどく近い位置で、ひらひらと揺れる影が見える。
 どうやらそれは手が動いているのだと判って、
「寝てんのかー?」
 小さな衝撃がおでこに当たった。それが雅司の指が弾いたでこぴんと知る。
 ゆるりと視線を巡らせて、まだ生徒会室にいたことを思い出す。回顧に意識を飛ばしていたらしい。
「……痛い…」
 恨めしげに雅司を見遣ってもどこ吹く風。ぼけっとしてる方が悪い、と言われれば返す言葉もない。
 誤魔化しついでに傍にあったペットボトルを引っ掴み、口をつけた。その動きをじっと観察する目で見ていた雅司はおもむろに声を放つ。
「お前さ、シュウのこと好きだろ」
「!?」
 声にならない声を上げて、思いきりむせる。あまりの咳き込みように、百花が優しく背中をさすってくれた。それが終息をみせ、ひりつく喉で大きく息を吸い込んだ。
「馬鹿じゃないの!?」
 遠慮なく声をぶつける。他の生徒がいなくて本当に良かった。
「シュウもお前のこと、好きだわ」
 智姫の大きくなった声に動じることなく、飄々と、けれど確信を孕ませて雅司は言い切る。
「ほんと、馬鹿でしょ。いい加減なこと言うな」
 精一杯虚勢を張ったら言葉遣いが悪くなってしまった。心臓が暴れ狂って、飛び出すのではないかと心配になる。
 いつからそんなことを思ってきたのだろう。秀司にも同じ問い掛けをしてたりするのだろうか。そこまで無神経ではないと信じたいところだが、現況の雅司の表情を見ると大いに疑わしい。
「して、根拠は?」
 第三者の百花には所詮他人事で。雅司の爆弾発言が落とされた瞬間こそ驚いていたものの、当事者の智姫に真意を確かめるより前に、投下犯に矛先を向けた。
「判るんだ。双子だからな」
 雅司は、その答えを実にうんざりと言う。兄弟でいがみ合うほどに仲が悪いわけでもないので、これは一種の照れ隠しなのか、と疑ってみる。
 爆弾投下されたまま、おめおめと引き下がれるものか。などと意味不明な負けん気の強さが智姫を奮い立たせた。
「仲いいんだね。なんだかんだ言って、弟大好き、みたいな?」
「きもっ…!てか、さぶっ!」大袈裟に腕をさする。「見ろ!智姫が変なこと言うから、さぶいぼ立っただろーが。お前らと一緒にすんな!俺はあいつと好きで双子やってねぇ!」雅司は叫ぶ。
 反撃成功、とばかりに、ほくそ笑んだ時、生徒会室の扉が開いた。
「そうだよ。やめてくれよな、寒いこと言うの」
 室内にいた三人が三人共、急速冷凍の勢いで凝固した。
「…しゅ…秀司…?」
 一体どこから話を聞いていたというのか。表情を読む限りでは直前だろうと判断できた。秀司は生真面目で隠し事が下手な性格で、そう考慮すれば読みは外していない筈で。
「今度こそ、本物だ?」
 凝固をいち早く解いて、他の二人の金縛り状態も解くが如く、百花はふざけた。
 渡りに船、とばかりに智姫も乗る。「本物だねー」
 常の調子を取り戻し、雅司はだるそうに言う。「片割れがここにいるからな」
「なんだよ、それ」
 経緯を知らない秀司は爽やかに笑う。
「また、雅司が秀司の真似して騙そうとしてたの」智姫は雅司を斜に見上げ、
「またかよ。で、ちーは騙されなかった、と」秀司は据えた目を兄に向けた。
「あたしはすっかり騙されたけどねー。こうやって並ぶと、ほんっと似てるよね」
 悔しがるでもなく百花は感嘆の声で言い挟む。
「感心するなよ」
 雅司は心底嫌そうに口にする。それには秀司も頷いた。
「この前さ、二人が見分けつくようにしてくれって、先生に頼まれちゃった」
 生徒会長への依頼だ、なんて冗談まじりに言われたけれど、少しは本気が入っているなと感じられて可笑しかった。
「くだらない冗談だな」
 雅司が唇を尖らせ、智姫は「だね」と笑って応えた。
「あ、そうだ」ぽん、と掌に拳を打つ。「どっちか茶髪にしちゃえば? 意外性をもって、秀司がやってみるとか。百花なら綺麗に仕上げてくれるよー?」
「面白いね。いつでもいいよ?」
 百花はすかさず同意し、おもちゃを見つけた子供みたいな目を秀司に向けた。
「生徒会長にあるまじき発言だな」
 真面目な秀司らしい回答だ。冗談だと本人も判っていても、模範解答を返してくる。
「確かに」
 笑いを含め智姫が同意すると、
「あっさり同意してんなよなー。生徒会長たる者、発言には責任を持たんと」
 判った風な口をきく雅司に、その場にいた全員が呆れた視線を送った。
「あんたに指南されたくない」
 遠慮なく指摘する百花に怯むことなく雅司は軽く受け流している。


[短編掲載中]