ダブル生徒会長制のパートナーに選ばれてしまった智姫は、不運の一言で片付けるしかないのだろうか。
 今更だ、と諦めている。幸い、副会長含め他の役員は優秀な面々が揃っていた。智姫がやりきれない部分を、信頼を持って任せることができる。無理だ限界だと根をあげたら、会長職を降りればいい。歴代そうやって引き継がれてきているのだ。
「その点はさ」
 秀司はおもむろに口を開いた。雅司の失言を消し去るかのような差し挟み方で、それは雅司の為というよりは智姫の為に、と感じられた。
「ちー達はいいよな。髪の長さで判別できる」
 生真面目すぎてこういう類のフォローを苦手とする秀司の気遣いが可笑しく、かといって笑うわけにもいかず、噛み殺した。
「詩姫はねこっ毛で柔らかいから、あんま長くできないんだって言ってた」
 智姫は直毛すぎて、前に一度、週末にコテ捲きを試したことがあるのだが、すぐに元通りになってしまった。ちなみに、同じく捲いた詩姫は整髪剤無しでも洗髪するまでキープされていた。
「智姫の直毛が羨ましいって、言ってたよ」百花が言い、
「そんなこと言ってたんだ?あたしは詩姫の髪質羨ましいけど。柔らかくってさ」智姫が返す。
 髪質ひとつで、纏う雰囲気はガラリと変わる。ふんわりと柔和な女の子らしさが、詩姫にはぴったりだった。
 女の子らしいのは、それだけが理由ではないけれど。
「智姫はどこまで髪伸ばすの?」
 あたし的には大歓迎だけどね、と百花は楽しそうだ。彼女の脳内では様々なアレンジが巡っているのだろうか。
「特に決めてないよ。あたしさ、中身が男勝りだからせめて見た目くらいは、って伸ばしてんの。その動機からしてどうなのよ、とかは聞こえないから」
 雅司を斜に見上げる。雅司は、言い掛かりだ、と不服そうにした。
「無いものねだり、ってやつだ?いーじゃん、直毛。智姫、って感じで」
 さらり、と雅司の指が智姫の髪を梳いた。動きに一切のぎこちなさはなく、慣れているのだと容易にとれる。一方で、智姫には不慣れそのもので。
 一気に顔面いっぱい熱を弾けさせた。異性に髪を触られるなど、小さい頃に父親に頭を撫でられたくらいだ。
「ちーが凝固してる。気安く触んな、雅司」
 秀司は眉をひそめた。
「おっかねーの。構わないだろー? 減るもんじゃないんだし」
 睨まれても気にしない。ほんと長げーよな、などと言いながら触っている。
「北條姉妹はあんたの周りにいるタイプみたいに男慣れしてないんだから、そーゆうのは止めなさいって」
 百花が明断し、へーい、と間延びした返答で雅司は手を放した。
「阿呆な兄貴でごめんな」
 まるで自分に非があるように秀司は謝る。
「いいとこは秀司が全部持っていっちゃたんだよね。仕方ないよ」
 智姫は煩い心音が気取られないよう繕い、つらっと言い放つ。おい、と雅司は口を尖らした。雅司に構わず、後を続けた。
「秀司、部活は?」
 Tシャツにジャージ、バッシュという身装だった。
 大会が近づいてきていて、練習にも熱が入っていると聞いている。上位に食い込めたら試合を見に行くと約束していた。
「真っ最中。教室に忘れ物しててさ、休憩の隙に取りに行ったらここが見えて」
「わざわざ遠回りしてきたんかよ。たいがい暇人だな、お前も」
 構ってもらえなくなった雅司が強引に割り込んでくる。
 生徒会室のある棟と教室棟は、中庭を挟んで真向かいに位置する。体育館は教室棟側に繋がっていて、生徒会室へはわざわざぐるりと廻ってこないと辿り着けない。
「あんたに言われたくないって」智姫と百花の声が揃い、
「その意見に賛成」秀司が大きく頷いた。
「結託しやがって」雅司は不満げだ。
「で、なんの話してたんだ?」
 練習の疲弊を欠片も見せまいとしている秀司の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「中身も判らないで割り込んできたのかよ」
 雅司は負けじと割り込みを継続する。
「どうやら、誰かの悪口を言ってそうだなって思ってきたんだよ」
 秀司は雅司に、あからさまな斜視を送った。


[短編掲載中]