教室棟の廊下から生徒会室が見えるといっても、表情まで読み取れるような近距離ではない。もともと寄るつもりでいたのかな、と読んでみる。
「なんだかんだで、やっぱり仲良いんじゃない?」
 話を戻そうと智姫が言えば、百花が「やっぱ双子だねー」と頷く。
「盛大な勘違い禁止な!ほれみろ、さぶいぼ再来だっ」
 雅司が叫んだ直後、女二人が含蓄顔になった。
「お。揃った」
 互いを確認し合った最上兄弟は、同じであった体勢を即行別のものに変更する。
「やっぱ双子だねー」
 再び、今度は智姫も百花と一緒になって茶化し、目の前の双子は心底嫌がる表情になった。
「シュウちゃんいるー?」
 ノックも無しに扉が開く。顔を覗かせたのは詩姫だった。秀司を見つけ、笑顔になる。
「シュウちゃん発見。船渡先輩が捜してたよ」
「すぐ戻るよ」
 返事をし、秀司は戸口に向かって歩きだす。妹はドアの所に止まったままで、秀司の後姿にすっぽりと収まってしまって見えなくなった。智姫は身体をずらし、詩姫と視線を合わせた。
「お疲れ、詩姫」
 智姫の動作に気づき、詩姫も横へと身体をずらす。
「ちーちゃんもお疲れさま。あ、そうだ。言い忘れてたんだけどね、同窓会のお誘いがあったの。さ来月の第二週の土曜日なんだけど、行ける?」
「同窓会?」
「電話があって、小学の時のなんだけど、ノセくんって、覚えてない?」
「ノセくん?」
「うん、井ノ瀬くん」
「ノセ…」口内でも反芻してみる。「……あ、中学の時にも一度話あったよね、彼の幹事で」
 井ノ瀬隆生、通称ノセが智姫達と同じクラスだった期間はいくらもない。小学校に入学して数ヵ月後に、彼は転校してしまったからだ。
「そのノセくん。連絡先交換したからあとで教えるね。…そうそう、彼、まだ関西弁だったよ。懐かしかった」
 思い出しているのか詩姫は笑う。
「抜けてないんだ?」
 やんちゃでクラスの中でもダントツに明るかった少年が思い出された。
 北條家も、智姫達が小学校高学年の時に親の転勤で今の土地に引っ越している。二人ともすっかり関西訛りは抜けきっていた。
「関西圏に住んでたの?」
 初耳といった風に百花が問い、最上兄弟も注視を注ぐ。隠していたわけではなかったけれど、どうやら言ってなかったらしい。言いふらすことでもないから、気にしてなかったのが正直なところ。
 首肯すると、「関西弁しゃべれるの?」と何故か百花は目をきらきらさせたが、どうかな、と詩姫と揃って首を傾げた。ほぼ同時に同じ所作をとっていて、またもや百花は「双子だねー」と感心した。
 シンクロすることは多い。その度に嬉しくなる。
 油を売ってる場合じゃなかった、と思い出したように詩姫が言い、秀司と連れ立って部活へと戻っていった。
 揃って去っていく二人の残像を振り切る為にも、早々に智姫は執務を再開した。雅司は相変わらず書類を顔前に持ち上げて、ぷらぷらさせている。
「その、可愛げのないアイテム、どうにかならんの?」
 大人しくなって待ち人来たるまでの時間潰しをしていた雅司が何の前振りもなく、智姫の左手に握られたダンベルを指した。
「なにが?」
 左手を上下させ右手で書面に記載していく智姫は、視線を移しもせずに返す。「いつも通りじゃない」さも当然のように言う。
 トレーニングをしながら仕事をこなすというのが智姫の通常スタイルだった。はじめて目にする者にとっては異様に映るが、見慣れてしまうまでの話で。これまで改めて指摘をしてくる者などいなかった。
「柔道部にも相変わらず顔出してんのか?」
 たまに時間があれば顔を出している。思考がごちゃごちゃしている時にはいい気分転換になった。
「身体動かすのは気持ちいいし。なにより、自由に出入りさせてくれる気軽さがいい。強くなるのは悪いことじゃないよ」
「悪かないけどよ。なんの為よ?」
「護る為」
 智姫から答えを返される毎に、雅司の表情は怪訝さを増していく。
「それ、あれだろ?詩姫を、だろ?」
「うん。腕力は無いよりあった方がいいし。なんで?」
 おかしいこと言ってないよね?という視線を一瞬向け、書面に戻る。
「この前、痴漢撃退したって聞いたけど」
「そうなのっ!」
 だん、と机を叩く音と共に智姫が声を張る。唐突な憤怒に、百花も雅司も呆気にとられていた。思い出すのも腹立たしい、を見事体現している智姫は鋭い眼光を雅司に向ける。
「睨むなっての。俺がしたわけじゃねーだろが」
 雅司は溜息混じりに肩を竦める。
「だってね、聞いてよ。こともあろうに詩姫に、だよ? 許せないじゃない」
「そりゃぁさ、抵抗しなさそうな方がいいんだろ。心理として」
 俺には判らんけどなぁ、とのんびり付け足す。
 詩姫と同じ顔であれば、智姫も黙っていれば無抵抗そうに見えるらしい。が、なにかを嗅ぎ取ったのか、詩姫が選ばれてしまった。
「だったら、なおさら気をつけなきゃ」
 智姫はこれから起こり得るかもしれない想定の域にさえ気合いを入れた。直後、再び雅司の溜息が大仰に吐き出される。なに、と向けられた視線に、平淡な声が応えた。
「おねーちゃんの後ばっか付いて廻るような年頃とは違うんだからさ、姉離れしてもいいんじゃねーの?」


[短編掲載中]