北條姉妹の仲の良さは校内でも有名な話だった。
 良く言えばおっとり、悪くいえば鈍臭い詩姫は小学校の頃、男の子から苛められたという苦い記憶がある。実情は、好きな女の子には意地悪してしまう、な感覚だったのだろうけれど。
 智姫とてそれの真意を見分けられる歳でもなく、妹に訴えられれば姉として庇いに動くのは自然の摂理で。
 以来少し男性恐怖症な面があり、智姫の影に入りたがる傾向は未だ僅かながら見受けられる。
 高校生ともなればそんなつつましやかな面が男子の興をくすぐり、見目の可愛らしさも手伝って人気がある。らしい。
 ちなみに、同じ顔立ちである智姫は、その男勝りな部分と堅気な生徒会長の役目が仇となり、良く言えば一目を置かれ、悪く言えば疎まれる又は恐れられている。らしい。
 最強の姉がいるから詩姫には彼氏ができない、なんて噂もある。らしい。
「詩姫が嫌がってんなら、考えるよ。――って、まさか。嫌がってるの!?」
 がたん、と立ち上がったかと思うと、雅司の胸倉に掴みかかる。詰め寄られた側はその勢いに、降参ポーズよろしく両手を持ち上げた。
「いやいやいや、落ち着けって。なんでそう、詩姫がらみだとネガティブなんだよ?」
「そこが面白いんじゃない」
 謳うような節回しで百花は口を挟み、判ってくれるか? と嬉々として雅司は便乗する。
「双子ってさ、なんか通じ合うとこあるじゃない? それが判らなくなるって、すごい不安なんだもん」
 母親のおなかの中にいた頃からずっと一緒だった大切な半身。どちらかが欠けてもいけない存在。それが崩れることがあっては、ならない。
「この姉妹は互いに離れる気ないんだよ。仲良くていいんじゃないの?」
 北條姉妹に接する機会の多い百花が客観的な物言いをし、智姫は満足そうに頷いた。
「さっき姉離れが、って言い方したけど、どっちかってーと、智姫が妹離れできないって感じだよな」
 雅司は、うんうん、と一人納得している。
 どっちだっていいじゃない、と百花が言って、雅司はつと表情を引き締めた。その空気の変化に、胸倉を掴んでいた手が弛む。雅司が急に深刻さを前面に出し、智姫はたじろいだ。
「な、なに?」
「肩肘張り過ぎだよな、智姫は」
 唐突に飛び出した単語が理解できず、救いを求めて百花を見た。智姫と目が合った瞬間は目からウロコな顔つきだったが、いち早く即応。含蓄顔にとって変わった。
「頑張りすぎだよなー、って話」
「たまにはまともなことも言えるんだね。ちょっとだけ見直した」
 百花が茶化し、素直に受け取るのが照れ臭かったのか、雅司は「俺は女子の味方だからな」と胸をはる。
 はいはい、と百花は受け流し、帰る宣言をして、鞄を持つと生徒会室から出ていった。扉を閉める際「余計な一言が無ければ良かったのに」と言い置くことは忘れずに。
 扉が閉まり、静寂が降りる。
 雅司と向き合って立っている必要もなくなり、机に戻ろうと動く。その背中に、雅司の暢気な声が投げ付けられた。
「シュウと接する時ぎこちないよな」
「は?」
 椅子を引いた格好で固まる。いきなり話題を湧かせるのは雅司の特性だが、突飛の連続すぎて理解能力が追いついていけない。
「ぎこちなくない。変なこと言わないで」
 誰かと接する時に特定だからと意識したことはない。と自覚している。誰の目にも明らかなほどそうなのであれば、百花が黙っている筈がなかった。思いついたことを黙っていられない性格なのだ。
「まさか…。そんな不明確な理由で確信持ったとか言わないよね?」
 智姫が秀司を好きだ、なんて。
「正解だろ?」疑う余地なしで確信を持っている口振りだった。「それこそ、嫌われてんじゃないのか、って誤解招くかもな」
「まっさかぁ」
 ともすれば、鼻で笑うような笑音を洩らしてしまった。
 智姫にそんな意識はないし、ぎこちなく接しているつもりもない。
 相手にしているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。根拠のない自信を振りかざすのは、自分に関することだけにしてほしい。と思っても、さすがに口にするのは控えた。
 喩え正しいことを述べるにしても、総てを述べるのが正しいとは限らない。それは、必要な嘘を吐くことに、似ているのかもしれない。
「回避するいい方法がある」
「訊いてない」
 すげなく言う智姫に雅司は頓着しない。言いたいことは最後まで言いたいらしい。
「男なんて、無言で抱きついときゃおちる」


[短編掲載中]