淀みなく綴られた言に、呆れ返る。
「馬鹿なこと言わないでよ。雅司はそうかもしれないけど。単純だから」
 からかわれてるのかも、とよぎったら、少しむっときた。眉根を寄せて見上げても、やはり雅司は頓着していないようで。
「男はみんなだ」断言する。自信満々に。
「決め付けんな」
 こういう類の話題で盛り上がれる人達が雅司の周囲には集まっているのだろうけれど、この手の話には冷めた反応をするのが智姫だった。
「シュウは違うとでも?」
「みんながみんな、自分と同じだと思わない方がいいって話」
「俺ら、元は一個の卵だぜ?」
 真面目に返ってくるとは期待していなかったが、こうくるとも思っていなかった。虚を衝かれて阿呆面を晒す状態、に陥る前に慌てて意識の舵を手繰り寄せる。
「……その言い廻し、やだなぁ」
 露骨に嫌そうにしかめると、雅司は無邪気に笑った。
「試してみろよ。で、ちゃんと報告してね」
 可愛らしくウインクされても、残念ながら響かない。雅司は智姫にとって、友人として付き合う分には楽しいけれど、という位置付けだった。
 とにかく雅司は何に対しても軽い乗りだった。裏を返せば、いい加減人間とレッテルを貼られても仕方ないと思えるほどの。
 智姫はそこまでの低評価をしていないが、入学して早々にバスケ部に入ったと思ったら二ケ月経たずに辞めたという話を聞いた時にはさすがに呆れた。
 コート内でプレーする時にどっちがどっちか判らなくなるのが面白いじゃないか、とは入部理由の本人談。真摯に返されたことがないので真意は定かではない。
「はいはいはい」
「流すな、っての。ところで真面目な話、どっこがいいんだ? あんな堅物」
 優秀な弟を妬むが如く言うくせに、妬んでいないことを知っていた。雅司のさらりとした性格は好感が持てる。
「しつこい」
「お、否定しない?」
「するのも面倒になっただけ」
 目を合わせるのすら億劫だといわんばかりに吐き出す。執務を再開。軽やかな筆音が会話に加わった。
「素直に認めりゃ楽にもなるってのに」
 時々、雅司はこんな風に的を射る。内側の奥に閉じ込めた、触れられたくない部分を衝かれていた。ポーカーフェイスを保つ努力も空しく、見咎められてしまう。顔が熱い。
「――へぇ。これって、智姫の弱味になる?」
 明言を避けても、雅司は確信を得てしまったらしい。
「策士気取るってんなら、あたしにも考えあるよ?」
 見事見破られたにも関わらず、素直に認めない自分は本当に可愛げがない。たぶん、実直とか素直とか純粋とか、おなかの中で詩姫に配分が多くいってしまったのだ。
「こえーなぁ。智姫と渡り合えんの、俺くらいだな。シュウなんかやめて、俺にしない?」
「見境ない」
「可愛げねーの」
 拗ねた口調をとっていても、拗ねてはいない。軽口を本気でとってしまう相手は見極めているのだろうかと、余計な心配が浮んでしまう。
 雅司が困るだけならば実から出た錆だから仕方ないけれど、たまにそれが双子の弟に降り掛かることがある。容姿がそっくりなのも不憫なものだ、とその都度思う。
「雅司相手に可愛げ使いたくない。てか、友達相手に必要?」
 好きな人相手でも、可愛げが出せない可能性は高いだろうな、と想像はつく。詩姫は日常的に天然でやってのけていて、実は密かに尊敬していたりする。
「ますます可愛くねぇ。友人としてさえも余所余所しくされたら、シュウにしてみりゃ嫌われたか、とか思うわけよ」
 二度言われると不安になってくる。余所余所しくも、ぎこちなくも、智姫には自覚が皆無のことで。
「秀司、言ってたの?」
「言わねぇけど、判る」判りたくないのにな、とぼやく。「な、それなら気兼ねない俺にしとけば? 顔、同じなんだし、その方が精神的に疲れないんじゃね?」
 気兼ねしない、だけは成程とは思うものの、肯定は仕兼ねる。大体、そんな理由で恋愛対象にするなど、自分的に許せない気がした。
「相手ちゃんと見極めて言ってる? 冗談を冗談にとれない子だっているんだからね。あんま軽口叩くの、やめときなって」
「説教かよ」
「てか、雅司ととか、やだし」
「瞬殺かよ。そしてタラシみたいにゆーな。俺は万人に平等に接してるだけ」
「知ってる」
 もてるのをいいことに女性関係で非情な振る舞いをしたと聞いたことはない。本人から聞かされている事柄とも合致する。
「でも、噂は絶えないよね。他校に友達いるんだけどさ、名前知られてるよ」
「罪作りな男だな、俺って」
「はいはい。そのうち刺されても知らないけどさ、秀司を巻き込むことないようにね。同じ顔してんだから」
「ほら、同じだって認めた」
 重箱の隅を突付いてボロが出た、してやったり、みたいな顔をする。秀司には無い表情だな、とぼんやり思い、笑えてくる。
「一卵性だもの。そっくりなのは当たり前」
「だったらどっちでも一緒じゃね?」
「付き合わないっての。雅司は雅司だし、秀司は秀司。見た目が同じだったら、なんだっての?」
 智姫が一刀両断するのを待ってました、と雅司の顔には書いてある。
「一理も二理もあるけど、そういう風にみないのが世間だな」
「見た目が一緒でも別々の人間なのに、なにもかも一緒にされるのは常だよね。だからこそ、コンプレックスだって大きいのにさ」
「は? コンプレックス?」そんな単語は初めて聞いた、という顔をする。「智姫が、か? 誰に?」
「なによ、その、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔。あたしは詩姫にコンプレックス抱いてるよ。でも、どんなに願ったところであたしは詩姫にはなれないし、詩姫みたいにもなれない。どうやったって、叶わないことなんて、たくさんあるよ」


[短編掲載中]