あと一瞬智姫の声が遅ければ秀司の反応が遅れ、少女の思惑通りになっていただろう。
 秀司の気が逸れた瞬間を捉え、明らかにキスするであろう角度で顔を近づけた。が、寸前で秀司はかわし、今度は有無を言わさず引き離した。
 ようやと不審を抱いたらしい。怪訝そうに秀司を見上げた時、別角度から同じ声が聞こえた。
「こっちに来てたんかよ」
 とっくに帰った筈の雅司が近づいてきていた。本日の待ち合わせ相手と擦れ違っていたのだな、と推察する。
「貴女の捜し人、こっちみたいだよ?」
 一番手っ取り早い解決法が登場してくれた。
 少女は秀司と雅司の顔へ視線を三往復させ、名前を呼ばれたことで雅司を判断し、駆け寄った。
「ほんとーに同じ顔してんだね。見分けつかない」
 ぴたっとくっついても拒絶されない心地よさを全面で表す少女は、上機嫌で擦り寄る猫を連想させる。受け入れる雅司の慣れた様子に、呆れもした。
「智姫は百発百中だ」
 何故か雅司は得意気に言い、少女からはすごいんだねーなどと、いちオクターブ高い声音で褒められたところで、嬉しくもない。
 雅司に寄り添う少女を見て、好きな相手に可愛くなれるのも加減がされてないと考えものだな、なんて冷めたことまで思ってしまった。やっぱり自分は可愛げがない。

 雅司達とは別方向で、あっさり解散となった後、秀司と並んで駅を目指す。ほんの数分間の出来事に、秀司はかなり疲弊していた。御愁傷様、としか言い様がない。
「慣れちゃったもん勝ちじゃない?」
 からかうように言うと、胡乱げな視線を向けられた。本気にとられて実行されたら、心情穏やかではいられないけれど。
「色んな子とべたべたするのが楽しいとは思えないんだよね、俺」
「バスケ一筋なのが秀司らしいもんね」
「智姫までバスケ馬鹿とか言うなよ? 一筋ってわけでもないし」
 どきりとする言葉だった。気になったからと言って具体的に訊くのも憚られ。そんな智姫の内の動きを悟ってか、秀司は「なんでもない」と濁した。
「あいつさ、」
 代わりに、とばかりに続ける。
「あいつ? 雅司のこと?」
 秀司がぞんざいな呼び方をする相手は一人しか想像できない。秀司は頷いた。
「あいつ、キスとか、普通にしてんの?当たり前のようにしようとしてきたろ、あの子」
 双子というのは、ものすごく近い存在で、だからこそ知らない面もあるもので。
「気軽にノリみたいな感じでされることはあるみたい。雅司の性格だからね。そーゆうノリの子が集まってくるんじゃない?けど、それ以上は彼女としかしないって」
「そんな話するんだ?」
「それこそ、男友達にするみたいなノリで」
 聞いてもいないのに、な報告は結構ある。大抵が生徒会室で暇潰しをしている時だ。
「意外だな。智姫は嫌がりそうなのに」
「嫌がる?なにを?」
 きょとん、と見上げる。
「雅司の気軽な付き合い方を」
 そういう秀司は嫌厭しているのだろうか。巻き込まれることがあるから、厭う理由には充分に成り得るかも、と勝手に想像する。
「当人同士が納得の上ならいいんじゃない?うまく成り立ってるってことでさ」
「認めてるんだ?」
「まぁね。雅司のことは友人として好きだし。こっちに害、ないしね」
「寛大だな」
 珍しく喰い付いてくるのを不審に感じながらも、気軽な体勢を貫く。嘘は吐いていない。
「あたし、そんなにガチガチ人間でもないよ。まーでも、恋愛対象にするなら、ある程度硬派な方がいいんじゃない?一般論として」
「一般論、ね」
「釈然としない?」思わず噴き出してしまう。「秀司の方がよっぽどガチガチだ」
「ちーは?一般論派?」
「そりゃあ勿論、」
 続けようとした声は断ち切れとなった。


[短編掲載中]