秀司の真面目気質は見事に智姫の願いを聞き入れ、捜し物――雨宿りの場所に潜り込むまで二人の瞳が合うことはなかった。
 緊急避難する人々で埋められていく軒下群の中で、狭いながらも入り込めるスペースをどうにか発見し、駆ける足を止めた。二人並んでぎりぎり凌げる範囲しかない。
「有り得ない…なんなの、急に。よく判ったね」
 しっかりと髪を濡らした雨を軽量化させるべく払うも、あまり効果は期待できそうになかった。
「お天気にーさんの言うことは間違いがないんだ」
 前髪の雫を払いながら秀司はおちゃらけた。辟易しそうな状況を和らげようとする秀司の気遣いに心があたたかくなる。
「いつなったの、そんなの」
 自然、口元が綻んだ。
 周囲を見渡すと、智姫達同様、うんざり顔で空模様を眺めている組が、見える範囲だけでも片手の指に余るくらいはいる。人目を憚らずぴったりと寄り添う組もちらほらいて、目のやり場に困った。自分達も充分に間をあけられるほどには余裕がなく、濡れた制服越しに互いのぬくもりがかすかに触れ合う。
 と、華麗に雅司の声が頭を掠めた。そうなるともう、芋づる式で。
 雅司の根拠なき断定や、眠らせている想いがばれてしまった事実や、不可抗力とはいえ手を繋いだことが、一気に脳内を満たした。
 これまでであれば気にすることもなかった友達としての近距離を、ひどく意識してしまう。顔が熱い。
 雅司に指摘されなければ、巧くいっていたのに。そう思うと、お門違いな怒りすら起こってしまった。
 隣に立つ秀司は常と変わらない空気を纏っていて、空を観察している。智姫が落ち着きを失くしていることにはまだ気づいていない様子で、一人あたふたと視線を巡らせ、コンビニを見つけた。
「あ、あたしっ、傘買ってくる…!」
 これ以上この状況は心臓に負担がかかる。今まで平気だった自分が羨ましくもなった。
 意識しすぎ…!
 今の自分が腹立たしくもなる。
 言うが早いか動き出そうとする智姫が、軒下から飛び出す前に秀司は引き止めた。腕を掴まれ、引き戻される。
「すぐ止むよ」
 掴まれている腕が妙に熱く感じた。心臓は壊れる寸前なくらい強く鼓動を打っていて、秀司の方を見られず、空を凝視した。
「そっ…それって」上擦った声だ、と舌打ちしたくなるのを飲み込み、代わりに咳払いした。「お天気にーさんの言うことは間違いがないから?」
「そうだね」秀司は天気に似つかわしくなく、ふわり、と笑う。「夕立だ」
「な…なら、少し待ってたら止むね」
 前髪から滴り落ちる雨雫を拭う。火照る頬に雨粒は冷たかった。急に悪寒が走り、身震いした。
「これで拭いとけ。汗臭いとか、苦情は受け付けません」
 頭に軽い感触が舞い降りて、その正体がタオルだと判明した時には、大きな手が智姫の髪を拭き出した。
 タオル越しの手の感触が、大きくて力強く優しくて、どうしても男を意識してしまう。
「っ…いい!秀司が使いなよっ」
 詩姫と髪の拭き合いなら今でもたまにやったりする。百花にも毎日髪は触られている。けれど、これは次元が全くの別物だ。体感してみてよく判った。
 ぐい、と押し遣ると視界が拓けて、互いの瞳がかち合う。心臓が騒いで煩い。
「臭かった?」部活で使用済だからなぁ、などと首を傾げている。
 嫌がってると解釈されるのも困るが、このままでは本当に心臓がやばい。
「うん、大丈夫。臭くない臭くない」
 一人納得の秀司は匂いの確認を済ませ、再び智姫にタオルを乗せた。


[短編掲載中]