床で弾むボールの音を聞きながら、智姫はぼんやりと部活風景を眺めていた。
 体育館の隅、足を前に伸ばして座ってはいるが、背中には百花がいるので何かに凭れかかることもできず、楽ちんとは言い難い体勢ではある。
 例によって、あとは帰宅するだけだから適当に、と智姫は言っているのだけれど、懲りたがるのが百花という人物だった。加えて、智姫の髪質はかなりの百花好みで、意欲がそそられるらしい。
 放課後の美容室がキャンセルになり、やる気を持て余し、捌け口にと智姫に白羽の矢が立てられた。それならば早く帰ればいいじゃないか、との意見は聞く耳を持たず。
 今日は詩姫と一緒に帰る約束をしていた。詩姫は智姫と時間の共有をしたがったし、両親からもなるべく一緒に帰宅するようにと言われている。勿論異存はないので、こうして智姫は妹を待っている。その暇な時間を自分に使わせて、と百花はさきほどから楽しげに髪をいじくっていた。
 詩姫を待つ間、呆けて眺めているしかないので、話し相手がいるのはいいかもしれない、と快諾したのが間違いだったかも、とほんのり後悔。
 ずっと同じ体勢は疲れる。制服を着ているので体育座りはスカートの中が見えてしまいそうだし、俗にいうお姉さん座りは柄じゃないと決め付けている。だからといって胡坐をかくだなんて言語道断。男勝りな性格だからってそこまで女を棄てるつもりはない。
「昨日、雨に降られた?」
 百花の作業は淀みなく継続している。取り留めない話を延々としているのは楽しい。こんな体勢でなければもっと心置きなく楽しめたのに。残念。
「それはもう、ばっちり」
 うんざりと零す。あの後、秀司の予言通りすぐ雨は上がった。少し得意気に綻ぶ笑顔は子供みたいだった。
「あんたでも、女らしく見えるもんなんだね」
 髪は長いし詩姫と同じ容姿なんだから見た目はちゃんと女だけど、などとフォローにもならないことまで言い添える。
「とっても失礼な発言だね、それ。しかもなんの脈絡?」
 話の筋が皆目見当つかず。背後にいる百花の顔も見られないので、予測することもできない。
「聞いたよぉ」
 含みのある言い方だ。気になって振り返ろうとして、後ろから両頬を押さえつけられ、動きを封じられる。動かないで、と毎度と同じことを言われた。
 パス練習に励んでいた秀司と不意に目が合って、すかさず逸らしてしまった。不審がられていないことを祈るしかない。
 こういうの、ぎこちないっていう?
「仲良く雨宿りしたんだって?」百花は声にしなを織り交ぜた。
「百花っ!?声大きいって!」
 諌める自分の声の方が大きくなって、数人から注目を集める羽目になった。
 ああ、もう。雅司が百花のいる時にあんな話をするからだ。
 いない相手を恨めしく思ったところで何も始まらない。まずは現状を押さえ込むのが先決だ。
「誰から得た情報?」
「うちのクラスの子。学校帰りにファーストフード店にいて見掛けたって。驚いてたよー?まるっきり女の子みたいで、鬼会長と呼ばれていても所詮は、ってやつなんだねって」
「一体どんな風に見られてるんだ、あたしは…」
 ひどい言われようだ。
 ダブル生徒会長制を取り入れている背景には男女平等に耳を傾ける為との目的があるのだけれど、現行で雅司はあの通りなので、結局は智姫が男子とも渡り合っていかなければいけない場面は多々あって。
 自分でも知らぬ内に威勢よく強くが身についてきているのは、自覚してはいた。だからといって、鬼とは…。ちょっとばかり、否、結構ショックだった。
 自分なりに懸命にやっていても、誰からも共通で認められることがない空しさを感じる。
「言っとくけど、あたしは言ってないよ?」
「当然!言ってたら友達やめる」
「ちーちゃん怒ってるの?」
 問答無用で百花を振り仰ぎ口を尖らせた智姫の頬に、指先の感触とのんびりした声。
「詩姫!?び、びっくりした」
 智姫の傍らにちょこんとしゃがみ込んでいる詩姫は指を衝いたままにっこりと笑んだ。


[短編掲載中]