「部活終わったよー。後片付けしたら帰れるから、もうちょっと待っててね」
 同じ顔の造りであるはずなのに、この可愛らしさの雲泥の差はなんなのだろう。自分には逆立ちしても滲み出ない雰囲気がある。
「なんの話してたの?」
 小首を傾げてねだるような瞳を向けられても答えられるわけはなく。
「くだらない話。それよか、詩姫。いいの?片付け」
 言われて気づいた、くらいの反応をし、慌てて戻っていった。その姿を見送って、百花は最後の仕上げに取り掛かる。
「ちょっぴり天然ちゃん入ってるよね、詩姫は。典型的な妹気質というか。なまじ智姫がこんなんだから余計そう映るのかな」
 独り言ともつかない音量で百花は言う。
「褒めてるのか貶してるのか」
 不満げに智姫が述べ、百花は軽やかに笑った。
「よくも悪くもって話だねー。智姫は『お姉ちゃん』をしっかりやりすぎてる感じ。親にとっての『いい子』なんだよね」
 知った風なことを言う。が、あながち的外れでもない。同様の指摘は、他からも受けたことはある。たぶん、そういうことなのだ。
 窮屈ではないし、変えるつもりも変える必要も感じない。智姫にとっては当たり前で自然なことなのだ。
「うちらはこれでいいの」
「悪いとは言ってないって」やさぐれてんの?と笑う。「詩姫にコンプレックス持ってんだって?」
「雅司?」
 あのおしゃべりめ、とぼやく。
「かなり驚いたみたい。あたしだって、聞いた時にはびっくりした」
 終了、と百花の満足げな声が続き、待ちに待った解放が訪れた。背中を伸ばすとボキボキと音がする。隣に座った百花に「どのへんがびっくり?」と問う。
 これは貶してんじゃないからね、と断って理由を挙げていった。
 成績にしても運動能力にしても先生達からの頼られ度合いにしても、勝っているでしょ?と。高校受験にしたって、もっとずっと上を狙える成績だったのに、詩姫のレベルに合わせたくらいなんだから、と。
「それなのにコンプレックス?」
 心底判らない、という顔を遠慮なく晒している。「詩姫が言うなら判るんだけど」
「お願いだからあの子には言わないでよ?友達止めるからね」
「こわっ」大袈裟に怯えたふりをとる。「お姉ちゃんの威厳のため?」
「そんなもの、無いよ。要らないし。まぁ、無いものねだりってこと」
「爽やかに言われたって判らんて。でも、そういうもんなのかも。本人にしか判らないことなんだよねぇ」
 納得した風に言うくせに、納得している面持ちにはなれていなかったが、百花はそれ以上続けようとはしなかった。

 片付けが完了し、体育館を閉めるというので智姫と百花も部員達と共に出て部室へ向かう。
 部活終了直後だというのに疲れの片鱗もみせず賑やかに廊下を進む団体から少し距離をとって、最後尾についていた。
「しーちゃんの好きな人って知ってる?」
 団体の中から一人が振り返り、智姫に投げ掛けられた問い。へ、と間抜けな声を出し、首を傾げた。部員達で繰り広げられていた話題を気にもかけずにいた為、問われた内容を繰り返すことで意味を飲み下そうとする。
「詩姫の、好きな人?」
 返答を待ちわびる好奇の視線が智姫に集中する。その中で詩姫だけが困窮した表情だった。
 詩姫の好きな人。
 聞いてない。聞かされてもいない。――触れるのをずっと、避けてきた。
「さぁ、どう…かな」
 期待の目をもって見つめられても困る。仮にいたとして、聞かされていたとして、それを智姫の口からばらしていいものでもない。
 期待通りの回答が得られなかったことで、残念色が部員達に伝染していった。
「どうやら部内にいるんじゃないか、って憶測が飛んでんだ」
 詩姫が止めに入ろうにも、流れはそれを許さないらしい。智姫から情報を聞き出そうと数人が詰め寄る。
「バスケ部に?」
 鼓動が強くなる。じわじわと背筋が落ち着かない。不明瞭のまま慰留させていた部分を白日の下に晒される予感。
「マネージャーになった理由、そこじゃないかって」


[短編掲載中]