捨て猫みたいな縋る瞳を向けられて「どう思う?」などと首を傾げられたところで、明確に返せる答えを最上雅司は持ち合わせていなかった。
 正確には、ほぼ確信に近い事実は、当人からの明言が無い以上は、現時点では雅司の推測でしかなく、喩え正解であったとしても、思い煩う詩姫には口が裂けても伝えてはならない事項だった。
「何故俺に聞くんだ?智姫に直接聞けばいーじゃねーか」
 つい、ぞんざいな物言いになってしまった。詩姫が尋ねてくる直前の智姫との遣り取りが、影響しているのかもしれない。
 ここ最近で、智姫の心が落ち着きを失くしているのは気づいていた。その所為で、さきほど自分に対峙していた彼女が常とは違っていたことも承知していた。
 同じ顔をして、両極端な雰囲気を纏う双子の姉妹。その両方から数分の差で相談を持ち出され、姉の方は半ばキレ気味に話を切った。彼女なりの苦肉の策だった、と少し時間を置けば分析も可能だったが、あの時点ではあんな対応にしかならなかったことは、雅司に責は無かった。と思う。
 多少なりとも智姫が言い出したことに、動揺した。
 理解し難かったし、冷静に分析した今でも、理解は不可能だった。
「だって、マサくんはさ、ちーちゃんと一緒にいる時間多いじゃない? 生徒会メンバーなんだし」
「ま、確かに」親指と人指し指の隙間を、くっつきそうなくらい縮める。「けど、実のある話なんてこれっぽっちもしちゃいない」
「ちーちゃんが最近変わったなーとか、そういうの、ない?」
 思わず首肯しそうになって、肩を竦めて誤魔化した。普段からのんびりとしている詩姫の意外な鋭さに、内側だけで感心する。
(ごく身近な人間のことだから、もしくは、双子だから通じるもんなのかもな)
 雅司に答えを求めるべく見据えてくる詩姫を見つめ返しながら思う。
「どうだろ。変わんねぇと思うけど?」
 これは嘘だ。智姫は巧く繕って、傍にいることの多い百花でも気づかないほどに隠しているが、雅司は勘付いていた。しばらくは傍観を決め込もうとしていた時に、あの宣言だ。
 さすがに驚いた。
 智姫がああいう考え方をするとは、露ほども思っていなかった。勝手な決め付けではあるけれど。
「なんかね、余所余所しいってゆーか。…うん、その…。前と変わらないんだけど、変わったというか…」
 思い返しつつ巧い表現を捜して首を捻る。こんな頼り無さげな感じが加護欲をそそり、智姫をしっかりものの姉に育ててきたのだろうか。それを悪いとは言わない。智姫に不満があるわけでもなさそうだし、望んでいるのだと映る。
 でもだからこそ、強く保ててきた心が折れそうになる時、誰がそれを支えてあげられるのだろうか。
 我が弟はそれを望んでいる。判りたくもないのに、判ってしまう。
 こと恋愛に関しては焦れるほどの引っ込み思案が二人揃ってしまったようで。しかも、周囲の人間の誰一人としてそれに気づいていない。自分のみが気づいてしまった。
 余計なお節介を焼くのは好きじゃない。だから気づいていても、放置してきた。そのうち動きは生じるだろうと。だが、そうしたらそうしただけ、互いに踏み込まず、周囲から指摘されないのをいいことに、当人達もだんまりを決め込んでいて。
 少し、苛ついた。
 意地悪な気持ちがなかったとは言わない。どちらかといえば、ここいらで進展でもすればいいんだ、などと無責任な軽い気持ちもあった。焦れったく、見て見ぬ振りが面倒になった。
 ほんとに余計なお世話をかましたくなって、衝動のままに智姫を突付いた。
 消しゴムの一件は間違いなく智姫だ。なのに北條姉妹は口裏を揃えて嘘を貫こうとしている。なんでも真正直に暴くのが正義とは考えていないが、理由が不明で腑に落ちない。
 誰の為の利なのだろうか。
「変わってない?変わった?」
 笑音を零して問う。詩姫自身も明確ではないのだ。雅司に話すことで、明らかにしたいと願っている節すら感じられた。
「はっきりしないね、あたしの言ってること。よく判らないんだよね…。あの人が最近うろうろしてる所為かな、とか思ったり…」
「あの人?」
「ほら、校内に入ってきた人たちの、一番怖そうな人」
「坂巻か」
 数日前、雅司を捜しに乗り込んできた男共の代表格だ。詩姫は心配そうに頷く。
「あれからあたし、また掴まっちゃって…。タイミングよくちーちゃんが来て助けてくれたんだけど」
 歯切れ悪く詩姫は言い、しゅんとした。姉に迷惑をかけてしまった、とでも考えているのだろうか。
「それから付き纏われてる、とか?」
 ぶんぶんと強く首を振って否定した。
「あたしになにかしてくるとかはないの。ちーちゃんに、ってわけでもないらしいんだけど。でも思い当たるのってそれくらいしかなくて、ちーちゃんに聞いても、なにも無いって言うし。会長として心煩わせてるのかな、とか…。あ、あとね、一緒に帰ってくれなくなった、気がする」
「ばらばらに帰ってんの?」
「うん…。あ、でもね、ここ数日間のことだから、今までだってあったんだけど。あえてずらしてるような感じがするの」
「単純に忙しいだけじゃなくて?」
 これを言えば雅司にも責はあるでしょう、とくるかと思えば、そんなところまで気が廻らない様子で。ふる、とかぶりを振る。
「だってね、シュウちゃんに送ってってあげてとか言うんだよ?」
 すとん、とはまった。智姫が言い出した意図の端っこを、掴まえた。


[短編掲載中]