目を瞠り、無言で凝視してくる。
「考えたことないって顔だな。――でだ、それって坂巻に関係すんの?」
 露骨な話題提示に動揺した、のが判った。微かに唇が開き、すぐに閉じた。黙考は、幾許もなかった。
「あたしは…。自分で自分を護ればいーんじゃない?そのへんの男相手だったら逃げる隙を作るくらいのダメージなら与えられる自信あるし」
 智姫の胸中がささめき立ったことは明らかで、それを誤魔化しはせず、単純に無かったことにした。一切触れるなと、境界の壁を築かれた気分になる。
 そんなことくらいで引くと思うなよ?と、依怙地が沸いた。
「自らすすんで、あいつらの所に向かっていった、って聞いたけど?」
 智姫と坂巻の目撃情報は、何故か雅司の元へ届けられる。そこから何らかの目新しい情報を手に入れようとする魂胆は汲めるのだが、生憎与えてやれるものは無かった。仮にあったとしても、口述はしなかった可能性は高いけれど。
 こうしてみると、やはり智姫と雅司の交友関係が、己の自覚するよりもずっと深いのだと周囲が認識していると知れる。
 舞い込んでくるそれらを集約すると、かなりの頻度で智姫と坂巻が時間を共有しているのが見えてきていた。
「あたし、案外強いよ? 手合わせしてみる?」
 おどけて臨戦態勢をとるも、ボクシングポーズの出来損ないになっていた。
 おいおい、柔道の型はどうしたよ?
 下手な喜劇を見ている気分になってくる。
 動揺が垣間見えるくせに、己に都合の悪い質問には一切答える気がないらしい。むっとくるより、興がそそられる性分なのが雅司という人間だった。
「そのへんの男より強い奴が現れたらどーすんだ?」
 梃子でも体勢を変えないのはこれまでの体験で覚れることで、粘る須要も見い出せない。智姫の一貫体勢にのることにした。
「その時に考えるよ」
 暢気に答える。安堵が滲んだのが僅かな動きで知れて、周囲の認識の正確さを認めざるを得なかった。
「慎重なんだかずぼらなんだか、智姫の性格がいまいち掴めん」
「判られたくないから掴まなくていい」
「喧嘩売ってくれるよなぁ。なにを悩んでるんだ?」
「悩む?」
 訳の判らないことを口にするな、と言いたげに、眉間に皺が寄った。これが詩姫だったら小首を傾げただろうな、と想像して、智姫では想像できないのが可笑しくなる。同じ所作をとれれば可愛げもあるのに。
「なにを、抱え込んでいる?と聞いた方がいいか?」
 深刻な話題を講じる相手に自分を選ばないのか、それとも誰が相手でも話す気が無いのか。迷う隙もなく智姫は笑う。不敵、と表出できる笑みだ。
「じゃあさ、してもらうと嬉しいこと、言っていい?」
 我が弟に尻尾でもあれば張り切って振っていただろう。笑顔の裏に隠れている本意に一瞬だけ訝しむ心地が湧いたが、すぐさま消滅した。智姫から何かを要求してくるという珍しい状況に、気が取られてしまう。
「俺にしかできないこと?」
 こっくりと頷く。幼子がするような無邪気な首肯の所作で、これだけ切り取ってみれば詩姫と双子なのだと腑に落ちた。
 が、次の台詞で、やっぱり詩姫は詩姫で智姫は智姫でしかないのだと思い知る。
「会長職、少しはやってよ」
 猜疑を優先すべきだった。と後悔しても先に立たず。
 したり顔を苦々しく受け止めつつ、視線をなにもない宙に這わせた。
「………あー…俺、腹痛思い出した」
 言うが早いか、さっさと退散する。不都合時には逃げる、が雅司の常套手段。


[短編掲載中]