目撃情報が導き出した憶測は様々な脚色をつけて膨らみ続け、今朝になって提示された証拠の元、傍観者達の中で確信へと変わった。
 覚悟していたこととはいえ、露骨に好奇の目に晒されるのは不快で。
 他人に怪我させただの法に触れる悪事をしただの、後ろ指刺されることをしでかしたらなら針のむしろも甘んじて受けるべきなのだろうけれど、そうでなければ放っておいてほしかった。
 校内に居場所が見つけられず、智姫は授業中を除いて生徒会室にいるようにしていた。
 早退しようかと過ぎるも、すぐに打ち消す。非がないのに逃げ出すようで悔しい。そもそも批難の目を向けられているわけではなく、本当に単純に、好奇心からなる視線ばかり。
 人との交流の選択は各人に自由である筈だ。誰と付き合おうと個人の問題でしょう? と気持ちの上では一蹴している。が、選んだ相手が素行の悪い人間だった、が問題というのは理解に容易い。
 噂の域をでなかった事柄が、今朝になって真実だと判明した。物証を明示した者には、悪意を感じずにはいられない。
 昼休みに入って、昼食も生徒会室で摂った。重い箸運びでほとんど手をつけずに蓋をする。無意識に深い溜息が落ちて、苦笑した。
 扉一枚隔てた校内の喧騒が遠いものとして耳に届く。休み時間の終わりを告げるチャイムが永遠に鳴らないことを祈りたくなった。智姫を隔離してくれるドアを見遣ったちょうど、滑らかに開く。
「智姫はっけーん」
 陽気そのものの雅司の態度に苛つく。単なる八つ当たりな心地を、彼にならぶつけても許される気がしてしまって、かろうじて理性で押し留めた。
「なに?」
「顔こわー。不機嫌だな」
 貴方の能天気な態度が気に障るのです、というのも飲み込む。眉間にきつく皺が刻まれているのはこの際放置だ。
「だから、なに?」
 ステップでも踏みそうな軽い足取りで近づいてくる雅司を斜に見上げる。返ってきたのは飄々とした笑顔。定位置となった執務机の端に腰掛けて智姫を見下ろす。
「お察しの通り、機嫌よろしくないの。一人になりたいの。用事ないなら出てってよ」
 こんな声音ではすでに八つ当たりではないか、と己で突っ込みたくなる物言いだった。出してしまったものは引っ込められないので、吐き出した直後ぷいと顔を背けた。
 むっとするかと思えば、雅司は意に介した様子もなく笑った。幼子に呆れるあたたかな感じで。
「子供かよ」
 返す言葉もございません。羞恥心が込み上げ、黙するしかない。
「なんだ、この色気の無い一本縛りは」
 真後ろで纏めていた髪を、雅司の指先が梳く。違う意味での恥ずかしさも込み上げ、髪束を奪回し睨み上げた。
「邪魔くさいから縛ってんの!悪いっ?」
「百花を怒らせたな?」
 図星。本当に返す言葉もありません。喉を詰まらせ、視線を外す。
 ほとんどの生徒が登校してくる時間帯にはすでに話題騒然となっていた。知らぬは当人のみ、だったのが、玄関で靴を履き替えている時にクラスメイトが教えてくれた。掲示板に写真が貼られている、と。
 唐突なことに石になりかけていた智姫を、そのクラスメイトは手を引いて連れていってくれ、現物を目にして再び凝固した智姫に代わり、剥がしてくれた。けれど人の口に戸は立てられない。珍奇な組み合わせに好奇の波紋は一気に広がった。
 聞き得た百花は事実確認をし、認めた智姫に憤り、ヘアーセットを拒絶した。
 色気がない、と言われたところで、どうにかできる技量を持っていればとうにやっている。仕方がないことはどうしようもない。
「貸してみやがれ」
「なにその命令口調」
「やってやるよ」
 なにを、と問うよりも前に、雅司の手が伸び、縛っていたゴムが外された。なにすんの、と抗議が飛び出す前に、両肩を掴まれ身体の向きを定められる。雅司に背を向ける格好になった。
「女の子の髪はしょっちゅういじってるから得意なんだよ」
 言いつつ、すでに作業に入っている。抵抗する気力も失せて、されるがままにした。他に考えるべきことはあって、瑣末な問題に過ぎないことは放置するに限る。
「出たね、タラシ発言」
「タラシゆーな」
 異議申し立てを口にするくせに、楽しんでいる風に聞こえる。こういうところが友人として付き合いやすいから、交友範囲も広いのだろうか。
 雅司が口を閉ざし、黙々と作業は続けられる。集中しているのかと智姫も黙れば、沈黙は三分ももたなかった。先ほどとは全く温度の違う声音に、身構えた。
「百花を怒らせたのと、シュウがへこんでる原因は同じか?」
 掲示板に貼り出された証拠は、言い逃れできない仕上がりの写真だった。
 智姫と坂巻が至近距離で顔を見合わせていた。肩に乗せられた坂巻の腕。誰もがキスの一歩手前と判断できる場面。
 隠すことでもない。胸を張って堂々としていれば、きっと、状況は好転していく。決意にも似た想いが宿り、吹っ切れたと錯覚を引き起こす。
「あたし、告白された」
 明朗に告げる。自分でも驚くくらい、颯爽と。
「…そうか」
 作業の手は淀みなく続く。判っていた、とも、驚いた、ともとれる。
「付き合えないって、言った」
「…そうか」
「付き合ってる人がいるからって、言った」
 ほんの一瞬、動揺が生じ、髪越しに伝わった。誤魔化すように、作業はすぐ再開する。
「冗談は笑えるものにしろよ」
「笑わなくていいよ。冗談じゃないから」
 とっくに雅司の耳に入っている筈だ。写真の真意を確かめにきたのは明白で。それこそ冗談だと確かめたかったのだと知れる。
「噂じゃない?」
「噂じゃない。好きだけじゃどうにもならないこともある」


[短編掲載中]