淡々と平静に答えられた自分を、褒めてあげたい。追及は終了するものと踏んだのだけれど、雅司は止まらなかった。
「悟りきった風な言い方だな」
 彼らしい軽やかさで続ける。「要するに、好きじゃない奴と付き合ってるってことだよな?」
「……」
 判っていて問うのだ。残酷な質問に、答えることができない。肯定しかないことを、雅司は知っている。
「確かにどうにもならないことばっかかもしんねーけどよ、あっさり片付けられんのかよ?」
 智姫の無言は想定していた、という呆れ口調だった。
「片付けんの。正しいと思うからやるだけよ。悪い?」
「喧嘩腰だな」
 小さく噴き出して笑う。飄々とするさまが、本当に彼らしい。
 完成、とぽんと頭を叩かれる。
「ありがと」
 生徒会室に置きっぱなしになっている百花が持ち込んだ鏡の前に立つ。道具未使用でよくぞここまでの仕上がりにできたものだと感心する。これまで百花が施してくれるのは智姫の性格に見合った形だったのだと、初めて気づいた。趣きの異なる髪型が完成していた。
「オトコ受けすんぞ、それ」
「馬鹿でしょ、ほんと」
 見慣れない髪型に面映さはあるけれど、詩姫と同じ造りの顔なのだから似合わないとはいえない。妹の顔がよぎり、気持ちが翳る。
「自分に見惚れちゃってんの?それとも俺の腕?」
 ふざける雅司に一瞥をくれた時、校内放送がかかった。職員室からの、生徒会長を呼び出すものだった。

 呼び出しの場所に指定された生徒指導室に、五人が顔を突き合わせていた。気まずい空気が流れているのは、気のせいではないらしい。入室の直前まで軽口を叩いていた雅司が黙り込むくらいに、重量感が漂っていた。
 生徒会室から指導室に辿り着くまでの間、呼び出しを受けたのは自分だけだと主張する智姫に対し、雅司は「生徒会長こい、ってんだから俺も入ってるっての」と喝破した。
 確かに、名前は添えられてなかったけれど、実質取り仕切ってきたのは智姫なのだ。教師たちの間でも、雅司が会長であるとの認識は低いのが現実だ。
 二人が入室した時には教師三人が雁首揃えて待ち構えていた。教頭と学年主任と智姫のクラス担任と。
 先頭きって先に入った雅司を見て、え、と浮んだのを見てしまい、智姫の解釈が正しかったのが証明された。雅司も悟ったらしいが、だからどうした、という態でさっさと座り、智姫は苦笑を洩らしつつあとに続いた。
 追い出すのは不自然と判断したのか、教師三人は智姫に視標を置いて単刀直入に本題に入った。
 面前に差し出された写真を凝視する。校内に貼り出されたのは、智姫が駆け付けた掲示板だけではなかったらしい。早くも職員室まで知れ渡っている伝播速度の速さに苦いものを覚える。
 きゅ、と唇を噛み締め、凛と背筋を伸ばした。
「なんでしょうか?」
 写真を出した学年主任を真っ直ぐに射抜く。
 悪いことはしていない。堂々としていればいい。そう自身に言い聞かせた。
「北條がこの男子生徒と交際しているというのは事実か?」
「はい」
 難色が濃さを増す。目顔で話し合う教師の顔を順繰りに眺めた。
 わざわざ呼び出してまで問う手間が滑稽に映る。男女交際禁止と校則に謳っているわけでもあるまいし、と醒めた心地があって、同時に、それだけ坂巻は注意すべき存在なのだと判る。
「その、交際に関して教師が口を出すものでもないのだが…。彼の場合は少々難があるというかだな」
 歯切れ悪く学年主任は言う。
「生徒会長という立場は他の生徒の模範である必要があるもので」
 言い訳がましく教頭が擁護し、
「問題が起きてからでは遅いだろう?」
 クラス担任があるかも判らない想定を述べる。
 こちらの勝手だと突っ撥ねたら認めるしかなくなるのだろうな、と思ってみても、気持ちは判らなくもない。
「やめます」
 どう説得したものか、と考えあぐねている教師達にとって救済ととれる一言を放つ。一瞬呆気にとられ、意味を飲み込み、安堵したのが窺えた。あまりの露骨さに、内心で苦笑する。そして少し、むっとしていた。
「会長職、辞します」
 主語を明示し、繰り返した。早とちりしたのはそちらの勝手。ぬか喜びさせるように意地の悪い言い回しをしたことは否定しないけれど。
 顔色が変化するのを目の当たりにする。信任されていたのだと覚れば、少し胸が痛んだ。
(だけど、引けない)
 居住まいを正し、対峙する。
「こういう時の為でもあると思うんですよね、会長ダブル制度って」
 片方が継続不可になった場合。不信任のレッテルを貼られた場合。辞めたくなった場合。穴がでないように、と。
 蒼白になる者達を置き去りに畳み掛けた。
「選挙に決まった時期はありませんし、幸い、現副会長は優秀です。一応、もう一人の会長は続行可能ですし」
 いい制度だよなぁ、といつかの雅司が言った台詞を、そのまま隣に座る本人に返したい衝動を堪えた。
 会長職は性に合っていると自負している。たぶん、周囲の認識も同等だと思っている。ただ、第三者の目線で捉えれば、智姫が辞めるのが妥当というもの。
 何を置いても、坂巻との接触を絶つわけにはいかない。


[短編掲載中]