むせっかえるような紫煙が智姫の周囲に蔓延していた。ひと目で柄の悪さを見事体現している数名の中に、智姫は自らの意志で身を置いていた。
「あのさぁ」
 辟易を隠しもせず、むしろ全面に押し出した。
 虚勢を張ったのは、彼らの中に踏み込んだ最初だけ。億劫そうに坂巻が鋭い眼光を向けてきても、怯むことはなくなった。
「あたしが一緒にいる時に煙草吸うのやめてくんない?勝手に捕まるのは一向に構わないけど、巻き添えくらうのは絶対お断りだから」
 坂巻は咥えていた煙草を二本の指で挟んで、薄く開けた唇から煙を吐き出した。微妙に角度をつけていて、天井付近の空間に昇っていく。口端を片側だけ歪ませるのは坂巻が興を見つけた時の笑い方だった。
 興を感じられることならば受け入れるスタンスがあるらしい。時間を共にしていて判ったこと。智姫が彼らの中にいることで証明済みでもある。
 煙が智姫にかからないようにとすれば、他の者もそれに倣う。リーダー格のすることには従う、が暗黙の了解になっているようだった。
 集っては何をするでもなく溜まっていた。もっぱらテリトリーと化しているのが、ゲームセンターの奥、レーシングマシーンが並ぶ一角だった。智姫が彼らの領域に踏み込んだのも、ここが始まり。
 ゲーム機から発せられる騒々しい雑多音に、軽快な携帯電話の着信音が紛れ込む。坂巻は緩慢な動きでポケットから引き上げ相手を確認した。たっぷり二秒は固まってから立ち上がり、そのままどこかへ行ってしまった。幾許も離れない内に通話ボタンを押して。
 着信が途切れない内に出たかったのと、受け応えを聞かれたくない相手なのだな、と推察する。繋がると同時に相手の名前を信じられない面持ちで確認していたことに、少し興味を惹かれた。
「あれさ…」と言って、坂巻が去っていった方角を指差す。「動揺してる?」
 校内に乗り込んできた時にもくっついてきていた岩永に問う。組織的な言い方をするなら、彼は坂巻の右腕といったところ。
 坂巻も岩永も、智姫より年上だった。あえて丁寧語は使用せずにいた。怯んでいない、同等の立場だと態度に示す為に。
 それを不愉快とは感じていないようで、智姫の言葉遣いなど誰も気に留めていない。
「よく判ったな」
 岩永は、鋭い観察力に感心している、といった風な声を出す。
「攻撃的な感じがなかったから。単なる勘だけど」
「元カノからだな、あれ。初めてじゃねーかな、別れてから連絡くんの」
 坂巻の応対態度と岩永の回答で、ふと思い出す。
 いつだったか、並んで歩いていた時、何も無いところで躓いた智姫を坂巻が支えたことがあった。動物的本能が反射的に動いただけかと思い、次の瞬間違うのだと判った。
 ――まったく。なんでそう、そそっかしいんだ。
 呆れたような、あたたかみの感じられる声。智姫を通して、誰かを見ていた。
 坂巻は自身の放った無意識の言葉に気づき、こちらが問う前に逃げおおした。以降、確かめる時機を与えられずにきている。
「その子、今どうしてるの?」
「さあな。転校してって、それっきり」
 岩永は肩を竦めた。
「めっちゃ引き摺ってるんだ?」
「お前の妹に似てるかもな」
「詩姫に?」頷くのを確認して、斜に見遣る。「あのさ、一応、双子」
 間抜けな念押しだ。見た目は一緒なのだ、一卵性双生児は。
 岩永は「おお、そうだ」と今更気づいたような声をあげ、まじまじと智姫を観察する。「顔は…まぁ、なんとなく、だな。なんていうか、雰囲気ってやつか?」
 元カノを知る者は納得したように頷いている。あながちズレた見解ではないらしい。
 纏う空気が違う、というのであればこちらとしても納得だ。よほど女の子らしい子だったのだろうかと想像して、坂巻と付き合えるとは、とある意味感心。
「でもな、」
 岩永は坂巻が戻ってこないことを確認して、声を落とした。
「中身は結構なもんだった」
「凶暴とか?」
 坂巻と渡り合えるくらいに?
「暴力的とかそーゆんじゃなくてよ、気っ風がいいってゆーか。あ、そーゆう面でお前なのか」
 何かにひどく納得がいった様子で、ちらりと一瞥した周囲の者達も同じ面持ちで頷いている。
「どーゆうこと?」
「中身、似てんだよ、元カノに」


[短編掲載中]