時間が有り余ってるから入ろう、と雅司が指定したファーストフード店で、向かい合って座っていた。
 こんな時間から出掛けてればそりゃ余るでしょう、という文句は朝食メニューを頬張って一緒に飲み込む。
 智姫の不機嫌ともとれる沈黙に対して、雅司も必要以上のことは口にしなかった。少しくらいは罪悪感的なものがあるのかと思えば、単なる思い違いだと結論する。目の前で美味しそうに食べてるのを見ていたら、棘々しているのが馬鹿らしくなってきた。
「珍しいよね」
 無意識に呟いていた。
「ふぁにが?」
 口いっぱいに食べ物を突っ込んだ直後だったため、いかにも間抜けな発声となる。思わず噴き出した。雅司はドリンクを含み、とんとんと胸を叩いて飲み込んだ。
「試合観戦。したことなかったんじゃない?どういう風の吹き回し?」
「……ま、深い意味はねーよ。気まぐれだ」
 ふうん、と一応納得した風を装う。雅司が一瞬逡巡したのは見逃さなかったのだけど。
「気まぐれにこんな早朝から付き合わされるこっちの身にもなってほしいよ」
「なにを言う。智姫は約束してたろ。約束は守る為にするもんだ」
 まったくもって、ごもっとも。返す言葉を捜す努力もせず、黙る。考えることは山ほどあって、自分が蒔いた種が問題を山積みにしていて。正直、どうすればいいか判らない。
 何もかもを放り出して逃げられたらいいのに。
「約束破ればシュウが嫌ってくれるとでも?」
 貝の如く硬く閉ざす。まさにその通り。
「図星か」
 呆れ返られるとちょっとはむっとくる。むっとくれば黙っていられなくなってしまう。
「それって兄弟愛ってやつ?」
 自分はやっぱり、こういうところが実に可愛げない。でももう、今更だ。
「寒いこと言うな」
 秀司と同じ顔がむすりとする。この先、彼が自分に向ける表情になるかと想像すれば、胸が軋んだ。仕向けようとしているのは己のくせに、身勝手極まりない。
「さぁて、どうすっかなぁ。時間まだまだあんのな」
 息を吐いて、雅司はのんびりと言う。ガラス越しに見える街の風景を眺め出す。その暢気な姿に、窮屈に締め付けられていた心が、ほんの少し解けていくのを感じた。
 雅司がそれを狙っていたのなら、感謝しなくちゃいけないな、と思う。逃げ出すわけにはいかない。こんな事態に持ち込んだのは、自分なのだ。
 テーブルに置いていた手で拳を作り、じっと見つめた。
「ちょっと、いいか」
 人影を視界の端に捉えるのと同時に、声が降ってきた。朝が似合わない活動をしている人物の登場に、純粋に驚く。岩永が、所在無さげな面持ちで立っていた。雅司が目顔で誰かと尋ねてくる。
 岩永に対して頷いてみせると、隣のテーブル席に座った。身体の正面は智姫に向けている。
「あれから連絡が取れなかったからどうしたかと…」
 心配してくれていたのだろうか。表情を見ているとそう思えてくる。
「それで…」
 ちらりと、智姫の顔から僅かに視線がずれる。髪型を見ている。なにかを口にしかけて、飲み込んだ。雅司の耳を気にしているらしい。喧嘩に巻き込まれたなんて知られるのは困るから、この配慮は有り難かった。
「坂巻は…本気かもしれない」岩永は慎重に放つ。
「意味が判んないって」智姫は即応一蹴した。
 もちろん、言葉そのものの意味は判っている。正確には、判らない、ではなく、厄介なことを想像しないで、だった。
「俺、トイレ」
 おもむろに雅司が席を離れる。
 奥歯に物が詰まった物言いに察知したようで。あからさまに岩永はほっとしていた。雅司の姿が店の奥に消えたのを確認して、改めて岩永は向き直った。
「理由ならある」
 岩永曰く、坂巻は仲間であっても庇うような人間ではない。自分の身も護れないような弱い者は容赦なく見限るという。
「仲間じゃないから、でしょ。一応さ、坂巻の女って立場なわけだし」
「口だけの立場に、いちいち律儀に応えると思うか?」
「気持ちがあるからって言いたいの?」
 大きく頷くのを見て、鼻白みそうになるのを堪えた。
「元カノにどこか似ているから、思わず庇っただけだよ。本能で動きそうだもの」
 智姫は笑ってみせた。けれど、間に流れる空気は重みを増すだけで。軽く咳払いをする。
「そんなこと言いに、わざわざ?」
 もしかして、捜していたのだろうか。
「会わせる顔が無いって、思ってんじゃねぇのかな。怪我の具合、とか…気にしてたから」
 総ては岩永の想像の域を出ない話だ。こんな濃度の濃い話を持ち掛けられても、困る。
 有り得ないよ、と呟き、話を打ち切る為に店外へ目を向けた。


[短編掲載中]