会場となる体育館内はすでに熱気が満ち溢れていた。
 重要な試合となるだけあって、応援の数も多い。開始までにはまだ時間があるのに、練習を装った応援合戦はかなりの熱を帯びている。
 智姫は二階席の一番前に雅司と並んで座っていた。ここからならアリーナがよく見渡せる。できれば誰からも見つかりづらい位置にいたい要望は、雅司には全くもって通用しなかった。
「コソコソしてんなよ」
 ふんぞり返って座る雅司は組んだ足をぷらぷらさせている。無神経なんだか気遣い屋なんだか判らなくなってくる。
「してないよ、こそこそなんて」
 してるけど。
 ウォーミングアップに入っている選手達の中から、時折視線を感じた。勝手に居た堪れなくなってくる。
「らしくねぇよなぁ」
 しみじみ言われたくない。それを一番に言いたいのは、自分自身だ。
 喧騒に囲まれた中で、名前を呼ばれる。その呼び方に、瞬間身構えた。声が違うと気づいても、目線はアリーナを彷徨い泳ぐ。声は背後からしたのにも関わらず、だ。
「ちーやろ?」
 首を巡らすと、笑顔満面が向けられていた。智姫の顔の前面を確認でき、確信に変わったのが見て取れた。
「やっぱり、そうや。俺のこと、覚えとらんか?」
 自分を指差し笑みを深くする。笑顔が、記憶の検索に引っ掛かった。
「……井ノ瀬隆生!?」
「いかにも。つか、フルネームで呼ぶなや」
「ノセ!変わってないね。うわー、こんなとこで逢うなんて」
「変わってないとか、ちーに言われたない」
 げんなりするところなんかも記憶と合致する。懐かしさが弾けた。以前に開催された同窓会には参加できなかったから、井ノ瀬が小学で転校していって以来の再会だ。
「試合出るの?」
 井ノ瀬はジャージ姿だった。
「せや。さっき詩姫を発見して、ちーもおるんかなー思たらおって。練習ほっぽって来てもうた」
「駄目じゃない。早く戻りなって」
 軽く言ってのける口調が可笑しい。
「方便、すっかり無くなってんやな」
 井ノ瀬は残念がって、違和感がなかったことに初めて気づく。関西圏に住んでいた期間は智姫の方が長いけれど、いつのまにか抜けていた。井ノ瀬はいまだ自然に使っているらしい。詩姫の言った通りだ。
「ノセは変わらずなんだね」
「人間そうそう変わらんて」
 井ノ瀬は破顔する。同意し、笑みを返した。
 見た目や性格は成長と共に変化する。けれど芯は変わらない。それがその人の醸し出す雰囲気を象っている。井ノ瀬を見ていると、体現されているのだなと思える。
「やば。見つかってもうた。戻らなあかんな」
 アリーナ側からの呼び掛けに手を上げて応じる。視界を移動させる途中で雅司を見つけ、あれ、という顔をした。
「あんた、さっきユニフォーム着とらんかった?」
「双子なの。ノセが見たのは弟の方」
 思案に暮れる顔つきで黙っている雅司の代わりに答える。
「へぇ。えらいそっくりやな。そういや、その弟くんの方に睨まれたで」
「まさか」
 秀司が不躾な態度をとるとは思えなかった。
「ほんまやって。詩姫と話しとって、ちーのこと訊ねたら視線感じてな」
「きっと、試合前でぴりぴりしてたんだよ」
 適当なことを言って誤魔化してみる。
「そうか。ま、ええか。…な、話せぇへんか? せっかく再会できたんやし」
「え…でも、呼んでるよ」
 アリーナに首を巡らせた。さきほどから井ノ瀬を呼んでいる人はこちらを見て声を張っている。そちらの方角を指差した智姫の手をとって、井ノ瀬は歩き出した。
「ちょ…。ノセ!」
 思わず送った視線の先にいた雅司は我関せず顔で見送り体勢。急にお節介になったかと思えば、何事にも興味を失ったりする。本当に気まぐれだ。
 知り合い相手に本気で抵抗するのも憚られ、されるがままについて行くしかなかった。


[短編掲載中]