「で、だから余計にぎこちなくなってるわけ?顔合わせる度にあんなんなのか?」
 思い出しているのは今日の日中のことだ、とすぐに判った。
 秀司と偶然廊下で会って、今日は智姫も生徒会で遅くなるという話から一緒に帰ろうという流れになった。普通にしているつもりでも、付き合いだしてから「彼氏の前では乙女だよね〜」などと何度かからかわれたこともあり、どこかで意識しているのは拭えなかった。自意識過剰と言われてしまえば、それまでなのだけど。どうしても人の目が気にかかってしまう。自覚できるくらにには、そわそわしていた。
 そこに雅司が闖入してきて、普通にしようと気を張っていた手前、大きくびくついてしまった。誤魔化す為に口早に「じゃあっ、ほ、放課後ねっ」などとどもりつつ、走って逃げた。
 秀司の目がないところに辿り着いて、即行反省。あれでははなから逃げ出したかったと取られても仕方ない態度だ。
 友達だった時、普通ってどんなだったか、すでに思い出せもしない。
「否定は…できないよね」
 苦く肯定する。不本意極まりない。
 救いなのはこの場面で雅司が茶化しにかかってないことだ、と思ったのも束の間、にやっと笑った。まずった、と取り消したくなってもあとの祭り。
「練習してみるか。いつでも相手するけど。よーするに、慣れだよ、慣れ」
 雅司の顔が目前に迫る。仰け反るという行為に入るより先に、生徒会室のドアが開いた。直後、ばこっと音がして雅司の頭が揺らいだ。頭の向こう側から何かが机の上に落下する。バッシュだ。
「ちーから離れろ!この節操なしっ」
 首根っこ掴まれた雅司が思いっきり後方へ引っ張られた。閻魔の如き険しい顔で仁王立ちしていたのは秀司だ。へら、と笑う雅司との天地ほどの差が可笑しくもなる。ここまで秀司を怒らせられるのは、この世で雅司だけかもしれない。
「初めて同士とか、色々大変だろうて、厚意ではないか」
 つらっと言い放たれ、秀司は判り易すぎるくらい動揺した。智姫は智姫で動揺し、混乱すると同時にダンベルを振り上げていた。落下地点は勿論雅司だ。
「人は人、なんでしょう!?」
 馬鹿みたいにムキになって、馬鹿みたいに赤面したら、相手の思うつぼなのに。理性とやらは吹っ飛んでしまっていた。
「待て待て待て。んなもんで殴られたらさすがに痛い」
 殴り易いように雅司を捕縛する秀司から逃れようとしつつ、空いてる手で智姫からダンベルを取り上げる。毛を逆立てて唸る猫の如き形相の智姫に向かって、こともあろうか噴き出した。まだ怒らせるつもりか、と睨みつける。
「見事なツンデレだなー」
「はぁっ?」
「俺が手ほどきしてやろう」
 捕縛から逃れるや、誰の賛同も得ないままに智姫の髪を梳き、耳元で囁いた。
 頬で熱が弾け硬直する。腰を抱き寄せる所作はあまりにも自然で、そういうことに慣れていない智姫でも、雅司がそういうことに慣れているのが判るほどだった。
「ふざけんのもいい加減にしろ!」
 秀司の怒号が落ちる。雅司が肩を押されたたらを踏むのと、智姫が優しい力によって傾ぐのは同時だった。背中に体温を感じる。顔を仰ぐと、秀司の顎が見えた。肩に手があって、引き寄せられたのだと知る。
 早々に体勢を持ち直した雅司は二人を交互に眺め、「ふぅ〜ん」と目を細めた。
「それそれ。そーやって抱き寄せてりゃいいんだよ」
 ぴ、と指を立て、こちらに向けてくるくる廻す。
 そこで初めて自身がとっていた行動に気づいたか、見上げていた智姫と目が合ったとたんに赤面した秀司は慌てて躯を離した。背中と肩にはまだまだ温度が残されていて、何かを言うとか何かをするとかできず、結局硬直したままになる。
 あーあ、と残念そうに雅司は大袈裟に溜息を吐いた。
「まじ、幼稚園児よりヒデー…」


[短編掲載中]