雅司には翌日に謝った。なんのこと、ととぼけられたが、あれは雅司なりの受け取り方と解釈しておいた。基本的に真面目な場面を嫌がる性質だ。
 逆に、秀司とは口をきかない日が続いて、ずるずると数日が経過してしまった。二人が顔を合わせていることが無くなり、校内に破局説が流れ出した頃、バスケ部の練習試合の日が訪れた。
 いつぞやの再現かとまごうほどの強引さで雅司に体育館へと連れ出された智姫は、体育館の二階通路にいた。
 秀司が見上げない限り目が合うことのない位置関係とはいえ、すでに何度かかち合っている。表情から感情が読めないのは、距離の所為だけではなく。その度に苦い心地が込み上げた。
「こそこそすんなよなー」
 暢気に雅司は言って、斜な目線を遠慮なくぶつけた。本当にいつぞやの再現だ。おそらくわざと。
「こそこそしたい。てか、ここからいなくなりたい」
 雅司の思い通りにさせてなるものか、なんて反発心があったわけではない。素直に希望を出したらその珍しさに認められるかと、期待はしていた。甘い考えが湧くあたり、弱っているらしい。
「却下。生徒会長がいなくてどーする」
 言下に否定。
「自分も一応会長なのにね?」
 百花の突っ込みに、「ほんとだねー」と今気づきました的な同意をしたのは詩姫だ。
 助け船のつもりかと期待してみたけれど百花から二の句が継がれることはなく、単なる揶揄に終わったようで。
 諦めの境地を啓くしかないらしい。切り換え早く、詩姫を見る。ちょこんとしゃがみ込んでいた詩姫は視線を感じてか、智姫を見返してきた。
「なぁに?ちーちゃん」
 詩姫の纏う空気はほんわかしている。傍にいるとそれだけでこちらまで和んでくる。が、和んでいる場合じゃない。
「なぁに、じゃないでしょ。もうすぐ試合開始みたいだし、そろそろ戻んなさい」
「えぇー」
 不満げに頬を膨らます。なにが不満か、と更に言い募ろうとして、袖を掴まれた。
「ちーちゃんが心配だもん」
 などと上目遣いをされたら開きかけた唇も閉じてしまうってもので。妹にはつい甘くなる自分は自覚せざるを得ない。
「心配されるようなこと、無いよ」心を鬼にして袖から手を外した。ますます膨れる頬を指で押してへこませる。「強情っぱり。そんなに頑固だったっけ?」
 智姫が呆れたちょうど、コートの方から詩姫が呼ばれた。三人に揃って手を振られたら居座り続けられないと判断したか、後ろ髪引かれる態でコートへと帰っていった。
「そうそう。意地はったってイイコトないよ?」
 揃って見送っていた筈の百花がいつの間にやら智姫を見ていた。
「へ?」
「あんたのこと言ってんの。あれからまともに話してないんでしょ。向こうは話し掛けようとしてんのに」
 だって仕方ない。口を開けばきっと、可愛げない言葉の羅列が開始されるに違いない。それを秀司にぶつけるのも、そんな醜態晒すのも嫌だった。賭けが露呈した直後のだけでも最悪だったのに。これ以上の上塗りは勘弁だ。
「判ってるけど…」
「けど、なに?」
 百花の声には棘が感じられた。らしくない、と一喝したいのかもしれない。紡げない智姫に対して露骨な溜息を吐く。
「嫌われるよ?」
 遠慮なき断言に、畏れていたことの明言に、喉を詰まらせた。言われるまでもなく、考えた。このままじゃ駄目だってことは。嫌われるかもしれないってことは。
 こうまではっきり言いづらいことを言えるのは、さすが百花と言うべきか。
「んなことくらいで嫌いはしねーだろ。意外に粘着質っぽいぞ?」
 返す言葉を失っている智姫の代わりに、相変わらずの能天気さで雅司が参戦した。フォローなんだかよく判らない。
「でも、家ん中の空気悪すぎて苛つくから早く解決してくれ」
「結局自分の為なわけ」
 呆れる百花に雅司は「正解っ」と笑う。
「前カレとなんか関係ある?」
 いちいち構ってられない、といった風にして百花は再び智姫に向き直った。
「え、なんで」
 鼓動が脈打つ。空とぼけたくても、動揺した声を出してしまった後では取り繕いようがない。


[短編掲載中]