「智姫見てると過剰反応してる気がする。トラウマ的ななんか、あるの?」
 それがあると確信している様子でもある。前に訊かれた時から疑問を抱いていたのだろうか。
 どうなの、と迫られ話すしかない雰囲気に圧された。情けない一件なだけに話さないで済むならこしたことはないけれど、必死に隠し通すことでもないか、と肚を据えた。
「中学の時にね、告白されて付き合ったことがあるんだ。ちょっと気になってた相手だったし、周りに人がいる状態での告白で、囃されたってのもあって」
 鮮明に、ではないけれど、相手の顔ももうはっきりとは思い出せないほど掠れているけれど、記憶が呼び起こされると、少し心がざらついた。
「そいつがひどい奴だった?」
 言い淀んで閉口した智姫を促してくる。記憶を払い除け、続けた。
「すぐにふられた。詩姫みたいな性格だって期待してたのにがっかりだー、とか言われちゃって」
 できるだけ軽口を心掛けた。気持ちがざらついた事実に、自分自身が一番驚いていて、それすらも打ち消してしまいたかった。
「男子から恐れられてたことがあるって言ってたやつ、そいつのこと?」
 雅司にはそんな愚痴めいたこと話したことがあったな、とぼんやり思う。
「怖いとか女じゃないとか言ってたのは別の人。だけど、そーゆう感じのこと触れ回ってたのは、その人だったみたい。人づてに伝わる内に話が大袈裟になっていったらしくて」
 根本的な気性は今と同じでも、中学の時は今ほど男勝りだったわけじゃない。付き合って間もない頃なら尚更、それなりにしおらしくしていたつもりでも、本家本元の詩姫には遠く及んでいなかっただけのこと。
 所詮、詩姫は詩姫で、智姫は智姫だっただけのこと。
 割り切って考えたくても、感情は追いついてはくれなかったらしい。今更自覚しても、驚く以外に対処がなかった。
「『あんなの、根も葉もない話だったの。勝手に理想作り上げて違ってたからって腹いせするようなこと言うの、許せないよ』」
「それ、誰の物真似?」
 唐突に、誰かの口調を真似て百花が怒って、智姫も雅司もきょとんと友人に視線を送った。百花自身の意見でないことだけは確かだ。
「詩姫なんだけど。似てなかった?」
 おっかしいなー、などと首を捻る。
「似てない。詩姫がそう言ってたの?」
 別れた理由は妹には話していなかった。話せるわけもなかったし、訊かれることもなかった。
「最上弟が初めての彼氏じゃないのかー、と疑ったもので。詩姫に確認したら苦い思い出とやらを教えてくれてね」
「過ぎたことだよ。引き摺ってるつもりはないんだけど」
 実際、こんな状態になってなければ忘れ去ったままだった。
「少しくらいは、影響してるのかもね。無自覚で。最上弟は信頼してるけど、それとは次元の違うとことにあるもんだよ、こーゆうトラウマ的なこと」
 百花は軽く言ってはいるが、慰めてくれているのだと伝わる。
 会長職に就いてからというもの、立場上強く出ることは多々ある。元よりの性格も手伝って男勝りに磨きがかかってると言われることもしばしば。誤解を受けることは本当に多い。智姫と密に交流がある人でなければ。
 その誤解を真っ向から受け止めるには傷つくこともあるけれど、こうして判ってくれてる人の存在があることは本当に救いだった。


[短編掲載中]