「さっきの、告白なんだか喧嘩ふっかけてんだか、判んねぇよなぁ」
 愉快そうに言いながら、暁登が入ってくる。エレベーター方面からだ。手にあるのはコンビニ袋だった。外回り帰りではなく少し抜け出していたらしい。
「わざわざ立ち寄ってまで面白がってくれなくていいよ」
 辟易と話題を切ろうとする更紗とは対照的に、梨恵は喰い付いた。告白なんて単語が入っていれば色恋ものととることもできる。
「嶋河くん、なんの話?」
 梨恵は楽しそうだ。暁登もある意味楽しげだ。更紗だけが不機嫌に表情が尖る。
「社内の打ち合わせで担当者と遣り合ったって話。期待したとこ悪いけど、楽しい話じゃないよ。てゆーかさ、追討ちかけないでよね」
 脚色つけた話をされる可能性を早々に断ち切るべく事実を述べる。後半の苦言は暁登に向けた。
「えー、なにそれ」
 なおも梨恵は楽しそうに、暁登からの続きを待っている。余計なものを添加して話されると面倒だ。更紗が簡略化して聞かせると、驚きに見開いた表情が対面した。
「すごいね、更紗ちゃん。恰好いい。あたしなんて理不尽なこと言われたって言い返せないのに」
 そんな尊敬の眼差しを向けられても反応に困る。第一、褒められたことではないし、阪木との打ち合わせ後は大抵一人大反省会だ。
「男前だよな、南は」
「ちょっと黙っててくれる?」暁登を睨む。「ぶつかんなくて済むなら、それに越したことないじゃない。正しいやり方とか、正直よく判んないけどさ、あたしだって穏便に進められんなら、そうしたいよ」
「穏便だけが必ずしもいい結果を生むとは限らんだろ」暁登は達観した物言いをする。「表面上だけって言っちゃ殺伐としてっけど、仕事って付き合い以上の、情的なもんがあってもいいと思う」
「あー、それ判る気がする」声を上げたのは梨恵だ。「あたしの場合は電話ばっかだから相手の顔見えなくて、余所余所しい業務的な遣り取りになっちゃうんだけどね。会社に長くいるとそれだけ仲良くなるというか、話がしやすくなってくるというか」あれ巧く言えないや、と首を傾げる。
「うん、なんとなく判るよ」更紗は首肯した。
 慣れ合うのではなく、仕事としての一線をきちんと引いた上で、親しみが篭る。人と人との遣り取りの間に、情が生まれている。
「南みたいにさ、たいがいの人間とぶつかんのも考えもんだけど、そつなくこなしてるだけの奴なんて、繋がりの中に何も残ってねぇぞ、きっと」
「貶されてるとしか思えない」
 社内では阪木が断トツ一位だが、他とはぶつからないというわけでもない。社外に至っては極力避けるように努力しているが、時折やらかしてしまう。過去ぶつかった経緯をもって、取引が切れた会社は幸い無いけれど。
「被害妄想にどはまり中だな」暁登は軽やかに笑う。
 ふん、と鼻を鳴らした。「どうせ嶋河くんみたいにはできませんよーだ」
「嶋河くんって立ち廻り上手みたいだよね。楠木くんが言ってた」
 いつの間にそんな会話をしたの。四人で逢っている時にはなかった筈だから、二人でどこかに出掛けたりしてるの。聞いてもない報告までしてくる高輝から、そんなこと聞いたこともない。――って、うわ。嫉妬丸出しな思考にうんざりする。
「立ち廻り巧いよ。あたしも、衝突なくいけんのが理想なんだけどなぁ」
 厭わしい心境を引きずったままぼやく。暁登は楽しげ継続のまま、空気が抜けるほどの薄さで笑い声を立てた。
「破滅させるほどのもんじゃないなら、たまには衝突もありだと思うけど。それ乗り越えた後の関係ってさ、他の追随許さん、って感じになってるだろ」
「え、判んない。そうなの?」
 確かに、衝突後に修復すれば、ぐんと距離感が縮まった気はしていたけれど。
 きょとんとする更紗を置いて、暁登と梨恵は同時に噴き出した。
「天然でできちゃうって、最強かも」梨恵はくすくす笑う。
「だな」暁登が同意し、
「いまいち釈然としない」更紗だけが口をへの字に曲げた。
 梨恵の笑い声が終息に近づいた頃、「服部さん」と梨恵を呼ぶ声がした。何度か廊下ですれちがったことのある顔があった。梨恵の会社の先輩だ。小さくお辞儀した。一緒にいるのが更紗達と気づき、会釈を返してくる。
「戻らなきゃ」
 慌てた風に立ち上がる。更紗は座ったまま手を振った。と、数歩も進まぬ内に梨恵が振り返った。
「更紗ちゃん、週末は行けるの?」
「へ?」
「あれ、聞いてない?またみんなで出掛けようって、楠木くん言ってなかった?」
「…あぁ、うん。聞いてる」
 歯切れ悪くなってしまう。いつの間にか向かいに座っていた暁登は、片肘をテーブルにつき、頬杖をつく恰好で口元を隠していた。小刻みに震えてる様子から、笑いを堪えているのだと容易に知れる。
「行ける?」
 更紗に用事が無い限り、行けるのだと信じている瞳だ。元々断るのは苦手だ。予定がら空きな自分の週末が恨めしい。
「……うん、大丈夫。行けるよ」
 途端梨恵の笑顔が綻ぶ。更紗が一緒にいることを喜んでるととっても自惚れではないほどの笑顔だ。じゃあねと手を上げ、跳ねるような足取りで去っていく。
「はい、陥落〜」
 節づけした語調にいらっとくる。
「うるさい。こうなったら嶋河くんも道連れだかんね」
「はいはい」
 軽く受け流して暁登は袋から取り出したペットボトルを開栓し、喉を鳴らして飲んだ。
「あー、いいな、炭酸。なんかスカッとしたい。買ってこよーかなぁ」
 小銭入れの中身を確認する。コンビニで購入するには心許無い残額だった。お札の入った財布はロッカーに行けばある。コンビニは道路を渡った向かいにあった。事務所に戻って財布掴んでビルを出て横断歩道を渡って、と経路を描けば、途端に面倒臭さが前面に立つ。小銭入れを閉じ、テーブルに置いた。
「行かないのか」
「面倒臭い」
「違いない」ははっと笑う。「飲むか?」キャップが開いたままのペットボトルが差し出される。
「いいのっ?ありがと」
 思わず声が弾んでしまい、笑われる。ごまかすように軽く咳払いした。「なんでビルの自販機には炭酸ないかな」
「そういやそうだな」
 下手なごまかしは通用していないと、暁登の顔は明確に語っていた。
 同期入社で同じ部署にいれば、比べられることは意外と多い。その中で突出してるのが、営業の遣り様だった。落ち着いて洗練された動きをする暁登に対し、更紗は良くも悪くも動きが目立つ。足して2で割ると程よい加減じゃないか、と揶揄されることも少なくない。
「いただきます」
 受け取りそのまま口元に運ぶ。観察するような視線を感じ、唇につく前に停止した。目顔で問う。
「体育会系のノリだなと思って」
「わ、ごめんっ。こーゆうの嫌がる人いるよね。カップ取ってくる」
「いーって。俺は気にしない。びょーき持ってないよな?」
 完全にからかってる。転がされた感は否めなく、むくれた。
「持ってても黙っとく」
 ぷいとそっぽを向いて、口をつけた。



[短編掲載中]