栄養ドリンクのおかげなのか、病は気から所以の意志の強さからか、定時で帰った翌日には高輝はけろりと復活していた。金曜日の別れ際、しつこいくらいの念押しもあって、週末の予定は実行されることとなった。向かった先は遊園地だ。
 あらかじめ行き先を聞いていたくせに、待ち合わせ場所に現れた暁登は乗り気の無さが有態だった。曰く、遊園地ではしゃぐ歳でもない、だそうで。
 更紗はといえば、絶叫マシンは平気なたちだ。むしろ高輝と一緒になって楽しんでいた。正確に言い表すならば、はしゃいだ。
 次々と乗り換え動き廻る二人についていけなくなったのは梨恵と暁登で、早い段階で見送り態勢となっていた。梨恵は元々激しい乗り物が苦手だったらしい。「リサーチ不足」と高輝を叱責すると、梨恵が慌ててフォローに入った。雰囲気だけでも楽しいし、二人見てるだけでも楽しいよ、との回答だ。
 ほんと、いい子見つけたよね。小声で応援する響きを込めて高輝に言った。まだ片想いの段階のくせに、高輝は嬉しそうに笑った。
 こうした『友達として応援してる』の態度をとらなければいけない度に、更紗の心は鈍く、けれど確実に、軋みをあげる。ひび割れて壊れてしまいそうな痛みを残す。いっそ断ち切ってしまえたら。願いと言ってもいい。しんどくてきついのに、油断すると泣いてしまいそうにもなるのに、それでも偽る。すでになんの為に頑張るのか判らない。それでも他の接し方ができなくなっていた。
 あの時、辞表を出していたら。そう考えなくもない。社を去って、交友を切ってしまえば、自分の心はどんな風になっていただろう。
 主だった絶叫系をひと通り乗り終え、いったんの休憩をとる。男性陣に買い出しを任せ、梨恵と更紗は陣地取り。プラスチック製のテーブルセットのひとつを確保した。
「更紗ちゃん全然平気そうだよね」
「というか好き。気分が晴れるっていうかさ、乗ってる間は空っぽになれるよね。でもごめんね。あたしと高輝ばっか楽しんじゃってる。嶋河くんにも悪いことしたなぁ」
「あたしは楽しいよ。更紗ちゃんの意外な一面見たなって、嶋河くんもおかしそうだった。嫌がってはないと思う」
 なるほど。乗り物に乗ってない間にそんな会話をしてるわけですか。どんな表情で暁登が喋っているのか、なんとなく想像はつく。
「最初の嫌がりようったらなかったよね」
 基本5分前行動が染みついているのに、待ち合わせの時間にはぎりぎりにやってきた。近づいてくる足取りは重く、爽やかさ皆無の仏頂面だったことからも窺える。
「んな嫌がってねぇよ」
 突然割り込んだ暁登は、両手それぞれに持っていた飲み物のカップの内ひとつを、梨恵の前に置いた。梨恵が笑顔で礼を言う。
「そうだった?」
 更紗は高輝からソフトクリームを受け取りながら、わざとらしく空とぼけた声を出した。
 おそらく、飲み物は飲み物、アイスはアイスで、まとめて出されたまんまを運んできたのは想像に難くない。暁登に言ってでも、梨恵の分は高輝が運んで渡す方がいい。あとで指導決定。同時に、暁登がそういうことに気が廻らなかったのが珍しかった。
 営業職の習性なのか天性か、定かではないけれど、結構な気配り上手だ。素でできているのなら羨ましい限り。意識してやっているのなら感嘆であり、当人に気疲れがあったりはしないものなのだろうかと、余計なお世話なことまで思ってしまう。実は手本にしていることも多いよと話したら、どんな顔をするだろうか。
「そうだよ。だいたいさ、行き先知ってて来てんだから、嫌がるもなにも無いだろ」
「じゃあ、絶叫系が苦手なだけか」
「同類に見られたくないだけだ」
「地味に否定されちゃってるけど、どうする、高輝」
「えー、楽しくないの、暁登」
 縋るような視線を向けられて、暁登はわずかに身を引いた。
「そうは言ってない」目顔で更紗に、変な言い廻しすんな、と諌めてくる。「しっかし、南がここまで嬉々とするとは思ってなかったわ」
「新鮮でしょ」意味もなく胸をはってみる。「新鮮と言えば、嶋河くんの服装だよね。カジュアルな格好もするんだ」
 仕事帰りの寄り道はスーツとしても、プライベート時であっても、ちょっとした格式レストランなら入れそうな服装ばかりだった。カジュアルすぎる高輝との対比は見事なほどだ。
「TPOを弁えてるからな」暁登はさらりと言う。
「さすが生粋の営業マン」
 更紗のからかい口調に斜視が飛んでくる。
「カジュアルでもそうじゃなくても、お洒落だよね」との褒め言葉は梨恵からだ。
「しかもイケメンだしねー。ほんとにもてるんだよ、暁登ってば」
 半ば我がことのように自慢げに高輝が言い、暁登は苦い顔をした。
「服部さんの言葉は素直に喜べるけど、楠木、お前なに企んでる。調子いいこと言っても奢んねぇぞ」
「ひどい。裏なんかないのに」
 高輝が嘆いて、他3人の笑い声があがった。
「もてるって辛い?」



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