ふとよぎったことを口にしてみる。確かに暁登はもてる。整った顔も恵まれた長身も身なりに気遣っているところも、理由として挙げられる。天性で備わっているもの、自らの心掛けで備えているもの。バランスよく整えて嶋河暁登という人物がある。
 もてたくて努力する人も、世の中にはいる。それを否定するつもりはない。ただ、暁登はそこには当て嵌まらない気がした。彼の中の尺度で、最低限しなければいけない身なりを整えているに過ぎず、元来の容姿にも磨きがかかった為に、女性から好かれ易い構図が出来上がったのではないか。
 ふとよぎる直前にそんなことを思い、疑問が飛び出していた。
 虚を突かれたのは暁登だけではないらしい。高輝も梨恵も、お揃いの表情になっていた。
「3人とも変顔」更紗だけが噴き出す。
「南が変なこと訊くからだろ」
 いち早く抜け出た暁登が呆れた声を出す。
「疑問に思ったの。もてないよりはもてた方が一般的にはいいような気がするけどさ、かなりもてるってのはどうなのかなって。僻まれたりすることもあるだろうし、好意を寄せてくる相手を邪険にするタイプでもないじゃない。ただでさえ体面とか常識とか貼り付けなきゃなのに、それ以上のもん付けなきゃいけなくなってそう。窮屈そうだなって、そういうのって辛いのかなって」
 去年のバレンタインを思い出す。
 暁登の後任として引き継いだ取引先の女性社員から、暁登宛のチョコレートを託されそうになったことがあった。告白を決意した矢先、担当替えとなり、更紗に託すのは彼女なりの苦肉の策だった筈だ。
 気持ちは汲めた。必死さも本気度も、伝わった。でも、更紗は断った。
 面倒臭いとか自分には無関係のことだからとか、そんな理由ではない。本気ならば直接渡すべきだし、更紗を介してしまえば、暁登は受け取るしかなくなる。受け取る側の選択肢を限らせてしまう。
 意図しない流れに逆らえないことは往々にしてある。それでも、回避する術があるのなら、掬い取りたかった。断ることによって、更紗はほんの少しの代償を払うことにはなったけれど、自分ではない誰かの選択肢を強制的に限らせてしまうよりは、遥かにいい。
「南って時々奇抜な発想するよな。そーゆうとこ、楠木と似通ってる」
「褒めてない。絶対それ、褒めてないよね」更紗が反射で噛みつき、
「俺ら似てるって」高輝が嬉しそうに笑う。
「奇抜って言われたんだよ。喜んでる場合かっての。ていうか似てないし」
「心外そうだな」暁登は喉の奥だけで笑声をたてた。「喉乾いたっつって、ソフトクリームにはいかなくないか。余計乾くだろ」
 更紗の「まずはクールダウンしたかったの」と、高輝の「暑かったんだよー」が重なる。
 な、と暁登は梨恵に同意を求め、梨恵は笑いながら頷いた。
 分が悪そう、とよぎっても、反駁が口をついて出てしまう。
「糖分補給も兼ねてますから。疲れた時には甘いものが一番」
 負け惜しみな言い草だ。さすがに恥ずかしくなる。が、意に反して暁登の顔つきが変化した。
「一理ある。一口くれ」
 へ、と呆気にとられている隙に、ソフトクリームを持つ方の手を掴まれる。引っ張られていくのを茫然と見送った。暁登の顔が近づき、一口分欠ける。
「CMみたい」
 変に昂ぶった梨恵の声に我を取り戻す。流れるような動作に見蕩れてる場合じゃない。
「なんかえろいんですけど」
 出たのは間抜けな悪態だった。

「観覧車の中って、小さく切り取られた隔絶された世界みたい」
 鈍い速度で高度を上げていくゴンドラの中で、更紗は外の風景を眺め、ぽつりと呟いた。向かいには暁登が座っている。更紗につられたのか、暁登も同じ方角を見遣った。
「二人きりって、初めてかもな」
「あ、だね」
「緊張する?」
「なんで」
「だよな」
 ミネラルウォーターのペットボトルを手にする。キャップをひねる。中身が揺れ、水音がやけに耳についた。
「微妙に違和感ある。居心地悪いっていうか」
 自分で言っておきながら巧く言い表せない。もどかしさに少し苛立つ。
「なにげに失礼だな、南も」
「へ?あ、ごめんっ。嶋河くんがどうとかじゃなくて…っ」
 どこか茫然としていた己に気づく。苛立つのは、この空間の所為でも、まして暁登の所為でもない。更紗の内側がささくれているからだ。
 更紗は進行方向に背を向ける形で座っていた。自分の方が乗り物に強そうだから、という理由は口にはしていない。
 後続のゴンドラには、高輝と梨恵が乗っている。頂上に着くまでは景色だけを漫然と眺め、当たり障りのない会話をしていればいい。下りに差し掛かり、二人の姿を視界に捉えたら、果たして平然を装えるのか。すでに心がざらついているというのに。
 意識を、ただひとつ以外に集中していれば、乗り切れる。
 そう自身に言い聞かせている時点で、平然としていられないであろう予感が穿つ。こんな風に、うだうだしている自分に、一番苛つく。こんな風に、己の内側がざらつく度に、もしも、と考えてしまう。
 もしもあの時、辞表を出していたら。もしもあの時、高輝の依頼を安請け合いしなければ。もしも自分の気持ちに気づいた時点で、協力できないと断っていたら。もしも、もしも、もしも。詮無いことを考えては、苛ついて、自分が嫌になっていく。



[短編掲載中]