休日の朝から気乗りもしない遊園地に付き合わされ、昼をすぎた中途半端な時間にフリーになったところで納まりが悪い。というのも、判らなくはない。かといって、休みの日にまで同僚と大半の時間を過ごすのも、暁登的にはどうなんだろうか、とは思う。
 本気で嫌ならきっぱり本人に断りを入れるだろう性格ではあるから、やっぱり根は面倒見がいいのだろう。
「やたらと惚けてんな」
 からかうような声音に、窓の外にあった視座を目の前の暁登に戻す。
「え、そうかな」
「そうだよ。会社ん時とは大違いだ」
「オンオフをきちんと分けてるってことで」
「ものは言いようだな」
 暁登と二人、カフェにいた。園を出て、駅まで歩き、切符売り場に向かいかけたところで、呼び止められた。本当にこのまま帰るのかよ、と呆れられた。どっかで飲み物でも、という誘いに乗ったのは、その後の予定がなかったのと、暁登が『前からチェックしてた店』に純粋な興味が沸いたからだ。
「いいお店だよね」
 ぐるりと店内を見渡してみる。店員の応対も、内装も、調度品のどれをとっても、ほどよく落ち着けるし、格式ばりすぎてもいない。
「だな。ネットの口コミ通りなとこなんて久々だ。大抵はずれる。ここは使えるな」
「でもさ、客先とくるにはちょっと感じが違わない?デートとかに使えそうな感じ」
「バリエーションに富んでた方が、臨機応変できんだろ」
 暁登は、接待等で使えそうな飲食店を、結構まめにリサーチしている。営業部配属になってすぐの頃にそのことを知って、そういうものなのだと学んだ。他の営業も同様で、情報交換もしている。更紗と言えば、新規開拓ができていないのが実情だ。
 インターネットで探せばいくらでも情報はある。見知らぬ誰かの評価コメントだってある。けれどやっぱり、実際行って自分の目で見て雰囲気を実感しないと、判らないこともある。事前リサーチをしようにも、それなりの値がはる店に友人関係は誘いづらく、さりとて御一人様は更紗には敷居が高かった。
「情報量どれくらい?」
「けっこう溜まったな。まぁ、今の時代、いつ無くなるかも判んないし、常に捜しとかなきゃだけど。いつでもお奨めの店、教えるよ」
「ありがと。リサーチって一人で行ってるの?」
「先輩とか友達とかとって時もあるけど、ほとんどは一人。けっこう気楽でいいぞ。当たり外れあるから、毎回誘うのもどうかなと思うし」
「それあるよね。あたし全然行けてなくてさ、ちょっと焦ってたりもするんだよね。情報ってもらうばっかじゃフェアじゃない気がするし」
「真面目だな」
「当たり前のことだと思うけど」
 暁登と会話していると、こうしたからかいを帯びた声音で返されることは案外多い。嘲弄は感じられない。感心した風でもあり、友人を自慢する風でもあって、少しくすぐったい。
「一人って行きづらいよな。最初の一回さえクリアすれば行けちゃうもんだけど」
「そーゆうもんかな。うん。じゃあ今度、チャレンジしてみる」
 小さく気合を入れてみる。仕事と割り切ればいいのだ。為せば成る。
「新規開拓、一緒に行くか?」
「一人がいいんじゃないの」
「一人でも行けるけど、別に一人がいいわけじゃない。連れがいた方がゆっくりできんだろ。色んな料理、食べ比べたりしたいしな。一人じゃ限界あるなって思ってたとこ」
「嶋河くんならお供したい子、いっぱいいるんじゃない?」
 さきほどのお返しとばかりに冷やかしてみる。
 実際、ふたつ返事がもらえるのだろうと想像がつく。なにも更紗が揉めた相手だけではない。噂だけでもいくつか耳にしたことはある。
 暁登は露骨にげんなりした顔をとった。
「そういうの勘弁だわ」
 あはは、と軽やかな笑い声が、自然と零れた。気負わなくていい相手と一緒にいるのは楽でいい。
 営業部に配属になったばかりの頃、同期で顔と名前を知ってる程度の嶋河暁登の印象は、苦手なタイプ、だった。何かをされたわけでも言われたわけでもない。世に言われがちな好条件を多分に持っている人間という先入観が強く、勝手に人間像を作り上げてしまったのもある。
 それが、高輝を通じプライベートでも逢うようになって、崩れた。社会に出て、気のいい友人ができるとは、思っていなかった。
「彼女とか、作んないの。そしたら休みの日にまで友達に引っ張り廻されることもないじゃない」
「彼女、ね。要らないってわけでもないけど、鋭意募集中ってわけでもないな。特定の子ができたら楠木の予定なんて片っ端から断ってやる」
「あたしもすげなく断ってやろ」
「南はどうなんだよ。鋭意募集中?」
 どきりとした。暁登に、意図があってのことではないと、判っているのに。単純に、聞かれたから聞き返した程度にすぎない。
「週末に一人の都合だけじゃない予定が入るのっていいよね」
「なんだよそれ」暁登は可笑しそうに笑う。
「だって悔しくない?高輝に予定入れられんのって、なんか癪。まぁ、あたしの場合はさ、自業自得だけど」
 もしも遡って遣り直すチャンスがあるなら、梨恵のことを相談された時に戻りたい。協力要請を、最初の段階で断るのだ。あの時は、本当に、なんとも思っていなかった。わりと仲のいい男友達。気安い相手。
 友人の頼みなら、自分にできることがあるのなら、そんな軽い気持ちだけだった。
 自分の想いに気づいても、違う勘違いだと、言い聞かせようとした。冷静に自己分析もしたつもりだ。



[短編掲載中]