プレート内がバランスよく半分ほど残った状態でフォークを置いた。スープカップを手にし、くつろぐ態でゆっくり飲んでいく。更紗がカップを空にしたのと同時くらいに、英も完食となった。
「食べないんすか?」
「……うん。…だね。おなか空きすぎた後ってさ、実際もの入れたらすぐにもういいやってなっちゃうんだよね」
 メニューを覗き込んでる間は食べる気満々なだけに、たっぷり重いものでも勇んで頼んでしまう。食べ始めると途端に胃が満足してしまうらしく、結局は食べきれないことがこれまでにも間々あった。毎度「軽いのにしとけばよかった」と後悔する。欲求に負けて学習しない己に苦笑するしかない。
「もらっていいっすか」
「えっ?」
 濁点のついた更紗の反応が面白かったらしく、英は噴き出した。
「面白いよ、南さんの顔」
 丁寧に言葉まで添えてくれなくても。むくれた心地で水を飲んだ。失礼な物言いではあるけれど、不快ではない。
「本当に家帰ってからちゃんとご飯食べられるならね」
「固いなぁ」
「一言多い」
 さっさとプレートを交換し、あっという間に平らげる。
 見計らったタイミングでデザートと珈琲が運ばれてきた。さりげない気配りが心地よい。ここは御一人様が苦ではない数少ない店だ。いい意味で敷居が高くない。接待用の新規開拓もこれくらいのテンションで入れるレベルなら二の足を踏んだりはしないのだけど。
「お連れ様が一緒なのは珍しいですね」
「そこで偶然逢ったんですよ。今日のランチも美味しかったです」
 店員を見上げながら店外を指差す。何度か通ううちに日常会話や料理の感想を言ったりするようになっていた。
「ありがとうございます。ボリュームの増減は遠慮なく言って下さいね。ちゃんと料金にも反映しますから」
「もう、ほんとすみません。今日も大丈夫だと思ったんですけど。気持ち的にはすっごい食べたいんですけどね…」
 申し訳ないやら情けないやら。声が段々萎んでいく。店員は、「ごめんなさい。あの、嫌味とかではなくてっ…」と、いかにも人のよさそうな顔を焦らせた。
 善良そうな人柄は、店内の動きを見ていれば真実ととれる。当然、裏のある物言いをしてるなどと更紗には感じられないし、思ったこともない。更紗を思っての提案だととっている。
「そんな風には思ってないですよ」
 更紗が笑うと店員もほっとしたように息を吐いた。
 この店には『当然の制度』として、料理の量を客の要求通りに対応してくれる、というのがある。メニューにも存在感ありきで記載されており、訪れる常連たちも遠慮せずに申し立てている。更紗も重々承知の制度だ。ただ、オーダーする時点では空腹に支配されて食べられると判断してしまうのだ。残してしまった分の、持ち帰りが問題ない料理に関しては折り詰めにしてもらっていた。
 今日は申し訳なくならなくていい。ちょっとしたことが意外と嬉しかったりする。
「興味津々って感じ」
 店の奥へと引っ込んだ店員の方角を見遣りつつ、英が呟く。
「なにが?」
「俺らの関係。遠回しな言い方しなくてもいいのにな」
 ほんと、斜に構えてますね、君は。
「どういう風に見えてんだろうね、傍から見ると。姉と弟とかに見えたりすんのかな」
 家族と見られているとしたら、よほど似ていないと思われている筈で。
 実際の兄弟である英と暁登も、あまり似ていない。笑うと少しだけ、片鱗が窺える程度だ。どちらも美形端整と形容される分類には入るけれど。
 店内をぐるりと見渡してみる。所々空席はあるものの、人の入りは悪くない。食事をしているテーブルは無く、ティータイムを楽しんでいる風情だ。
「エンコーとか?」
「馬鹿じゃないの」
「いいね、その切り替えしの速さ」英は何が可笑しいのか、ひどく楽しげだ。「ほんとに狙ってないんすね」
「なにを?」
「兄貴のこと」
「なんの探り?」
 鋭いのか会話の流れを楽しんでいるだけなのか判然としない。普段から何でも話す兄弟関係であるなら、何らかのことを暁登から聞いている可能性も否定できない。下手に油断はしないに限る。
「どうして兄貴じゃ駄目なの」
「駄目もなにも」
 まごついてしまう。馬鹿、と内心で舌打ちした。



[短編掲載中]