「条件揃ってると思うんだよね。身内の贔屓目っての?それ、度外視してもさ」
 頼まれた?まさかね。彼の性格で、しかもこんな中身のことで、例え兄弟といえども頼むだろうか。更紗と英では、逢わない確率の方が高い。そんな非効率的なことに期待するとも思えない。更紗の知る暁登のイメージとは合わなかった。
「どうしてとか言われても困るよ。あえて言うなら、そーゆう対象として見たことがない」
「これからは判らない?」
「絶対無い、とは言わないけどさ。そりゃ人間だからね、変わることもあるかもだけど」
 暁登にしたって、そうだった。最初から対象だったわけじゃない。対象になるかもなどと、想定すらしていなかった筈だ。
「へぇ」
 英は楽しげだ。真意が汲めない相手と対峙するのは案外神経を使う。英の感覚が掴めないのは年代の違いからか。とよぎれば少しへこんだ。
「珍しいよね」
 なんでもない風を装って口火をきる。相手の言動に振り廻されっぱなしは性に合わない。軽い反撃くらいはしてやろうじゃないか。
「珍しい?」
「あたしの中にある世間一般的と言われるイメージだとね、兄弟姉妹で大っぴらに褒めるとかってあんま無いんだ。だから珍しいなぁって。仲のいい兄弟なんだなって。あ、ブラコンとか思ったわけじゃないよ?」
 最後はちょっとわざとらしかったか。
「南さんにからかう気が無いのは、見てれば判りますよ。純粋な好奇心ってとこ?」
 うん、ほんとに可愛げがない。自分の弟だったら頭くらいはたいているところだ。
「見透かした物言いってさ、若さがないよね」
「褒め言葉と取っておきますよ」
「はいはい。ご勝手にどうぞ」
 年下相手に若干むきになりすぎてた感は否めなく、気恥ずかしさも手伝って、適当に流す態をとった。対して英は、ほのかに空気を引き締めた。
「ガキん時はまぁ、けっこうお兄ちゃん子だったんすよ。うち、両親共働きで、必然的に兄貴が俺の面倒みがちになってて。俺にとっては世話焼き役は親より兄貴なんだ」
 なるほどね、と今度は揶揄もなく、純粋に納得していた。
「だから面倒見いいのか」
 独りごちる音量でも、英はしっかりと拾う。
「会社でもそんな感じ?」
 真剣に問われ、ちゃんと答えねばと数秒黙考した。
「万人まんべんなく、ではないんだけど、なにかと面倒みてあげてる奴がいて。そういう基盤ありきだったわけなのかって納得だよね。そいつね、元々人に甘えるのが妙に巧い奴なんだけど、でも嶋河くんって仕事上は割り切ってさくさくやってるタイプだから、意外に思ってたんだよね」
「南さん、好きな人いるんだ」
「は?」
 どういう流れでそういう結論なわけ?
 更紗の表情はよっぽど笑えるものだったらしい。噴き出された。
「藪から棒になんの話」
「兄貴に惚れない理由」
「言っとくけど、君ら兄弟みたいに世のイケメンが必ず総ての女性に好かれると思ったら大間違い。大体さ、英くんには関係無い話だよね」
「まず、間違いとか言われなくても承知済みです。思ってもいません。どんだけ自惚れ屋さんですかって話ですよ。それと、関係なくないですよ。兄貴も適齢期的なもんに差し掛かってんでしょ。将来の奥さんって俺の姉になるわけだからさ」
 虚を突かれ、一拍あく。「……面白いこと、考えるもんだね」
「けっこう重要ですよ、そこ。どうせなら面白い方がいいですしね」
 微妙に聞き捨てならないが。
 口癖が兄弟で揃ってるな、と思ったら些細なことはどうでもいい気になってくる。
「嶋河くんはさ、なんも言ってないよね」
 疑問形にはしたものの、断定に近い言い方をする。英には伝わったようで、こっくりと頷いた。
「この前逢った時の兄貴、今まで見たことのない感じだったんで。きっとそうなんだろうなって」
 更紗には普段と変わりがないように映っていたけれど。身内だから気づくことがあるのかもしれない。とはいえ、僅かなサインだけでここまで連想させるなど、想像力が逞しすぎる。そして鋭い。兄弟揃いも揃って敏いらしい。

 支払いを済ませ店を出ると、先に出ていた英が頭を下げた。
「ごちそーさまでしたっ。やぁっぱ兄貴のこと狙ってる?」
「どの口が言うか」
 財布を出す素振りもなかったくせに。悪態は内心だけに留めておく。
 一緒に店に入った時から奢ろうとは決めていた。こちらは社会人なのだ。高校生相手に割り勘は無い。
「奢らない宣言してたじゃないですか」
「10こ近くも年下相手に割り勘しようなんて言えるかっての。大丈夫。貴方のお兄さんからきっちり取り返すから」
 大口を叩いてみるものの、暁登にも奢る宣言してたと思い出す。来月は節約しなきゃ。給料が入る前から早くも懐具合が心配になってきた。
 英は口笛を鳴らした。
「恰好いいー。俺、南さんのこと気に入っちゃった」
 長身を屈める勢いのまま顔を寄せてきて、反射的に仰け反る。「はいっ?」
 ここまでの人懐っこさは暁登には無いものだ。どちらかで言えば高輝寄りの性格かもしれない。
「兄貴もさ、貴女のこと気に入ってると俺はみてんだけどね」
「…はいはい」
 高輝に似てるかも、なんてよぎってしまえば、更紗の内側は脆くも刺激を受ける。気を引き締め流しておいた。



[短編掲載中]