「これが南の答え?」
 まるで考えていたことを読まれていたようで、少し居心地が悪い。暁登はもう、笑ってなどいなかった。真っ直ぐに、真剣に、更紗を見つめている。
「うん」
「そっか」
 暁登の声に、判り易く落胆の色が滲んだ。
「待っててとか、やっぱ言えないから」
「うん?」
「いつ戻ってくるか判んないし、居心地よすぎて永住しちゃうかもしれない。先のことは判らない。でもね、まずは自分の想いを、自由にしなきゃって、思ったの。高輝から離れて、自分の心が変わるのか、どう動くのか。いったん自由にして、変化した時に、ちゃんと考えたい。ううん。考えるとかじゃなく、どう感じるか、かな。その時にどうしたいか決めたい」
 離れて初めて気づくこともある。どうにも動けない状態ならば、状況を変えるべきだ。環境を変化させるチャンスがあるのなら、乗るのも一手だ。これが更紗の掴んだ答えだった。
「だから待たなくていい、か」納得したように呟く。ふと、口端を緩めた。「男前発言だな」
 柔らかく笑む暁登につられ、更紗も表情を和らげた。
「嶋河くんさ、本気でぶつかってきてくれたじゃない。気持ち残したままでもいいって、言ってくれた。嬉しかったよ。正直、けっこうぐらぐらしてたしね。でもね、駄目なんだ。今の自分じゃ駄目なの。こんな中途半端じゃ、いけない」
「全力じゃないと、ってことか。らしいな」
「不器用でごめん」
「知ってる。今更腹も立たねぇよ」
 どこか吹っ切れたような笑顔になる。こんな言い訳でも、納得してくれたらしい。
「勝手で、ごめん。自分を優先した。傍にいるのが辛いから、やってみたいことを目の前にぶら下げられたから、気持ちにケリつけたいから。――全部自分の為。たぶん、こんなあたしでも嶋河くんは受け入れてくれるんだろうけど」
 暁登は、少しだけ寂しげに笑った。す、と右手が差し出される。じっと見つめてしまった分だけ間が空き、握手に応える為に更紗も右手を出した。軽く握る。強めに握り返してきた、と思ったら、唐突な引力が生じた。
「ぶふっ!?」
 顔面から暁登の胸にぶつかる。思い切り暁登が手を引いたのだ。顔を上げる隙は、与えられなかった。耳元に囁やきが落ち、吐息が、更紗の髪を揺らす。
「手ぐすね引いて待ってるのは性に合わない。俺は俺らしくさせてもらう」
 あまりにも甘い声だった。腰から力が抜けそうになる。顔中に熱を上昇させながら、躰を離した。当の本人は涼やかでありながら、まるでこれから商談にでも向かいそうな、挑戦的な顔つきをしていた。
「え、ちょっ…なに!?」
 混乱するままに言葉にもならない言葉を吐き出す。
「楽しみだな」
 存分に含みの感じられる艶やかな笑みが向けられた。
 僅かに腰を引かせながら確信する。時宜は得ていたのだと。
 数年後、どうなっているかは自分でも判らない。けれど、暁登に宣言したように、自分に正直にいよう。素直にそう思えた。
 また明日、とでも続けそうなほどに軽い挨拶をして、暁登とは別れた。ゲートに向かう途中、名前を呼ばれた気がした。ここにくる筈もない、高輝の声で。雑踏に紛れたのか空耳か、二度目は聞こえない。現だとしても幻聴だとしても、更紗は振り返らなかった。
 前に進む為の決断は、深くしっかりと胸の奥に根付いている。前を見て進んでいくのだ。振り返る必要はない。
 自分の心を信じて、進んでいこう。





[短編掲載中]