背後からの声。あまりの突然さに悲鳴をあげるのも忘れていた。
 両脇をがっちり持たれ、振り返り相手を確認することもできない。対して、相手は冷静そのものの声で、小さく溜息をつくと、華保を捉えたまま道路脇へと移動する。
 自分の体重を支える力さえ失っていた華保に抵抗が許される筈もなく。
 木陰の涼しい位置まで入るとくるりと方向転換させられ、木の幹に背中を預ける格好で座らされた。
 逆光で見えなかった顔は、相手がしゃがみこむことによって確認がとれるようになる。知らない顔だった。しかも、見目惹く容姿。
 精神的にぐらぐらしていたとはいえ、次第に思い返されるこの数秒間を思うと、羞恥心が込み上げた。
 華保の顔を見た瞬間、僅かに瞠目する。そんなにひどい顔になっているのだろうか、と心配になるも、相手の表情はすぐさま別のものに変化した。
「貧血?」
 心配そうに覗き込まれると逸らすわけにもいかず、かといってこの至近距離で平静ではいられない。
「なんでも、ないです」
 木陰に吹く風はひんやりとして、しばらく休めば大丈夫な気がした。ぎこちないのは承知の上で、笑みを浮かべた。冷や汗なのか判然としない汗がこめかみから一筋流れ落ちる。
「なんでもなくないって顔に書いてあるって。真っ青だ」
 放って置いて下さい。大丈夫ですから行って下さい。移動させてくれてありがとうございました。そう続けようとして、続けられなかった。
 戸惑う華保にお構いなしに、胡坐をかいて座ってしまったのだ。
「動けるようになったら、一緒に行こう。それまでは休憩!」
 迷惑をかけられているからなのか、不機嫌そうに見える。
 可愛げない言い方をするならば、誰も頼んでいないのだから先に行ってくれて構わない、なのだが。言えるわけはなく。
 なんにせよ、この人の厚意であることに変わりはない。
「あたしは平気ですから。先行っちゃって下さい」
「ほっとけるかっての」
「構わないです」
「俺は気にする」
「本当に大丈夫なんで」
 言葉を返す毎に、機嫌が一段ずつ下がっていってる気がした。
 苛々させているのは自覚しているけれど、怒ってる人と、しかも初対面の相手と一緒にいるのは、正直落ち着かない。というより、居心地はかなり悪いってものだ。
 どうにか一人になれるように仕向けようと考え巡らせていたのだけれど。
「この先のセンターまでだろ?俺も同じ。だからいいんだよ」
 などと言われてしまうと適切な言葉が浮かばなくなる。
 もしかするとこの人は、リハビリをしている人間だと勘違いしたのかもしれない。存在感たっぷりに膝につけられたサポーターが、彼を勘違いさせている。
 だとしたら、放って置けないとなるのは当然の心理なのかもしれない。うずくまっていた怪我人を無視していっては後味が悪い。
 確かに華保の脚は、軽くびっこを引きながらじゃないと歩けない。サポーターは必須アイテムだ。でもこれは、回復に向かっている最中ではなく、最終結果だった。これ以上の改善は望めない。
 あの時の状態で、あれ以上放置の期間が長引いていたなら、今頃は松葉杖も必須アイテムとなっていたかもしれない。下手をすれば車椅子も有り得た。
 サポーター有りとはいえ、歩けるようになったのは奇蹟と呼んでもいい。
「あ、」


[短編掲載中]