傍にいたかった。ただ、自分がそうしたくて、ほぼ毎日病院に顔を出していた。
 短い時間しかとれなかったとしても、数分しか逢えなかったとしても、それでも、良尚の病室へ通っていた。
 ただの手前勝手な要求でしかないと、判っていた。判っていても、止めることはできなかった。
 良尚は、華保の抱える罪悪感に気づいている。だから言う。そんなのは不要だと。間違いなのだと。
 何度繰り返されても、受け入れられなかった。罪悪感はあって然るべきものだ。間違いなんかではない。

「華保さ、無理すんなよ。この後センターにも行ってんだろ?学校だってあんだし…」
 事故から一週間が過ぎていた。
 当事者である良尚は淡々としたもので、周囲の人間の方が落ち着き無いくらいだった。
 芯が強いのか、諦観しているのか。本心が見えない。
「うん、問題ないよ。邪魔だっていうなら、こないけど」
 見舞いにと持ってきた林檎を剥く音を継続させたまま、冗談めかして返す。
 本心が見えなくて、聞きたくて。――聞けなくて。
 知りたいなんて言えない。自分には権利がない。
 良尚が普段通りの態度を貫こうというのなら、華保はそれに合わせるしかなかった。
「一言も言ってねーっての。いつからネガティブ人間になったんだよ」
 良尚は軽やかに笑う。昔は前向きだった、と懐かしむ声を付け加えた。
「それ、顔見る度に言われてる気がする」
 視線は手元に集中させて、わざと目を合わせないようにした。
 事故以来、誤魔化すように視線を泳がせることが多くなった。真っ直ぐに相手を見ないようになってしまった。
 こちら側の奥底に隠した本心を、見つけられるのが怖かった。
「それは気のせいだな」
「そう?ならいいけど。…はい、できた」
 皿に並べた林檎の一つにフォークを刺し、ベッドサイドテーブルに置く。
「さんきゅー。華保、すげーな。皮連なってる」
「へ?」
 良尚は言った直後には林檎を口に入れていて、「ふぉれ」ともごもごさせながら、ビニール袋に入れようとしていた林檎の皮をフォークで指し示した。
「そこ、感心するとこ?」
「するとこ。俺が剥いたら実が無くなる」
 次のにフォークを刺し、指揮者のタクトさながらに振る。
「その言い方、自慢してるように聞こえる」
「それは気のせいだな」
「そっか。気のせいだ?」
 ふ、と同時に漏れ、笑う。
 本来なら、怪我の程度を深く受け留め、こんな風に穏やかな雰囲気を作っている場合ではなかった。けれどそれは、良尚が望まない。
 一番にそうなるべき当人がしないのだから、華保が落ち込んだところを見せるわけにはいかなかった。
 それでも、言いたくなる衝動は突き上げる。本音を言ってほしいのだと。例えそれが華保にとって辛いものでも、受け入れなければいけない。こんな自分に、優しさは要らないのだから。
 短く深く息を吸い込み、がばりと顔を上げ向き合わせた。
「良尚、あたしねっ…」
「おー、東郷!元気してっかー?」
 華保の声に覆い被さるように飛び込んできた別の声。そして、
 まさに人間雪崩。
 瞠目してる間に次から次へと人が雪崩れ込んできた。
 先頭きって入ってきたのは良尚と同じ高校の制服を着た少年。病院にはおよそ似つかわしくない能天気な挨拶を投げたとおぼしき人物。
 揃って自分達を見つめている二人分の視線に気づき、一つが良尚のものじゃないと判ると途端に勢いを緩めた。
「わりぃ。先客いたんか」
 華保と揃ってポカンとしていた良尚はいち早く我を取り戻し、呆れた調子をぶつける。
「騒がしいっての、おめーらは」
 苦虫を潰したような顔つきで良尚は応対する。察するに、毎度の調子がこの明るさなのだろう。
 学校での、良尚を囲う空気の一端を見た気がした。
 根っからのお調子者なのか、先頭にいた彼はくるりと後続人達を振り返ると、良尚の口真似て注意を促す。
「静かにしろっての、おめーら」
「お前が一番うるさい」
 良尚がにべもなく言い放ち、笑いが起きる。
 華保は椅子から立ち上がりニ、三歩下がってベッドから離れた。病室内の雰囲気は一気に良尚の日常側に傾き、所在無げになる。
「良尚、あたしもう行くね」
 順次ベッドを囲む人が集まってくるのに比例して、華保は一歩ずつ距離をとる。鞄を手にし、戸口に向かおうと動き出す。
「あー!やっぱそうだっ!」
 唐突に腕を掴まれ、先ほどよりも大きく目を見開く。先頭きっていた彼が満面の笑顔で華保を捕まえていた。知らない顔だった。


[短編掲載中]