高校二年生のうちから推薦の内定が与えられるのは異例のことだ。特例中の特例が認められたのは、類稀なる才能があったから。将来がみえていたから。
 それらが事故の所為で、帳消しとなった。良尚の未来を、挫いた。
「東郷先輩は貴女のことを悪く言わないです。貴女がいたからこそ自分はハイジャンをやってる人間だ、とか言って笑いますけど、確かにきっかけを与えたのは貴女かもしれないけど、先輩からそれを奪ったのも貴女です!」
「マネージャー!」
 しん、と静まり返って、華保は得たばかりの情報を何度も反芻した。
「本当、に…?」
 自失然と呟いても入沢からの返答はなかった。
 言わなかった?――言えなかった?
 良尚は、言えなかったのだ。
 他の誰かに言えたとしても、華保にだけは言えなかった。
「先輩に跳ぶ楽しさを教えた人が、先輩から空を奪ったんです!」
 マネージャーの声が頭の中で反響する。足元が急に覚束無くて、咄嗟に近くにあった壁に手をついた。
「舞阪っ…」
 助けようと伸べられる手を首を振ることで拒絶する。そんな資格は自分にはない。彼女の言う通りだ。
 ――逸材なのに、勿体無いよな。
 ――本人はまだ諦めていないのだから、体制だけは整えておきたいな。
 ふと脳裏に、病院で擦れ違ったスーツ二人組が掠めた。あれは、良尚にそれを宣告しにきた人達ではなかったのだろうか。
 だとすれば、その直後に会った良尚に、暢気に相談したのは誰だ?
 楽しいなどと、能天気に話したのは誰だ?
「あ…たし…、っ…」
 目一杯己を罵っても足りない。もう、本当に、どうしていいのか判らない。
「マネージャー、顧問が呼んでた。行けよ」
 入沢は、怒りを孕む声を遠慮なく相手に向けた。
「どうしてっ…。どうして嘘吐いてまでその人を庇うんですか!?」
「嘘じゃねーよ。顧問に頼まれて捜してたんだ」
 そうしているうちに、記者に絡まれている華保を発見した。
「だけどっ」
「いいから行け!!」
 庇ってもらう資格も、護ってもらう資格も、ない。人の優しさを受ける資格はない。
 言い足りない空気を醸し出していても、入沢に気圧され、マネージャーの足音は遠ざかっていった。
「本当なの?本当に良尚の推薦の話は…」
 縋るように腕を掴んでくる華保に、入沢は切なげに表情を歪めるだけだった。
 それが肯定なのだと、判った。
「舞阪さ」
 奇妙なほど落ち着き払った声が降ってきて、緩慢な動きで入沢を見た。
「こうやって責任を感じる必要は、ないんだ」
 まるで、東郷ならそう言うよ、という風に言う。華保にはそれを否定するように首を振るしかない。
「東郷は舞阪を責めた?」
 さらに強く、首を振る。
「気に病むな、って」
「だろ?」入沢は、ほらな?といった風に、笑う。
 この場でそれはひどく不釣合いな明るい笑みだった。重たいことを重たく言わないのは、受ける側を気遣ってのことだ。
「舞阪さ、それはやっぱ、東郷の言う通りなんだ。舞阪の所為じゃないって」
 華保の周りにいる手を差し出してくれる人々は、華保を気遣って助けてくれる。華保のいいように仕向けてくれる。
 肩を借りっぱなしは、辛いのに。
 護られるだけなど、甘んじて受けてはいけないのに。
 全然、強くなれない。なれるわけが、ない。
 人の優しさの上にしか成り立たない強さなど、本物ではない。
 自分のことだけを考えて、前に進んでほしくて。安心をしてほしくて、不安を隠したくて、笑顔でいることしか思いつかなかった。良尚の傍にいたいと、己の願望だけを主張して。
 良尚にとっての必要な存在でいたかったのに、必要以前に、妨げとなっていた。彼の未来の、重荷になっていた。
 あんなに近くにいながら、気づきもしなかった。
 ――こんな存在、滅んでしまえばいい。消えてしまいたい。


[短編掲載中]