粗方予想はしていたけれど、やはり目の当たりにすると胸が痛い。
「泣いてる、な」
 ぽつりと呟いて、けれど傍らに立つ小春には聞こえていたらしい。
「よく判るね」素直に驚いた声が降ってくる。「いいの?ほっといて」
 二人の位置からは華保の顔は見えない。後ろ姿だけだ。項垂れて肩を震わすでも、目尻を拭う仕草があるわけでもない。華保は真っ直ぐに入沢を見つめている。
 きっと、泣いていることを自分には知られたくないのだ。泣いていると知られたら、入沢が悪いと判断されかねない、と、華保が必死に堪えているさまが想像できた。
「見て見ぬふりするのは今だけだ。それに、嬉し涙だろうから」
「だとしたら余計、まずいとか思わないの?」
「あいつらを信じるか否か、だよな」
 入沢をけしかけたのは、自分だ。入沢よりも華保を優先した、といえば聞こえはいいが、つまるところ、己の為だった。
 それに入沢が気づいたかどうかは良尚の知るところではなかったし、知ることもないだろう。
 後悔はしていない。どう捉えられようと、間違いではなかったと信じている。

 ――華保の気持ちは華保のものだ。自分を好きになってくれた想いに応えられなくて、応えられないことに罪悪感をおぼえてしまったらきっと、その先誰かを好きになることを躊躇うようになる。誰かを好きになることに怯えて、止めようとするかもしれない。
 想われることに罪悪感を持たせることだけは、そいつを大切に想うならしてはいけないんだ。
 まさか、と笑い飛ばせないくらい華保が不器用なのは、お前だって知ってるだろう?

 このままではいつまでも華保は引き摺る。黙って見過ごしていたくなかった。だから入沢に、逢って話をしろと、暗に匂わせた。
 華保に、人を想うこと想われることに、怯えてほしくなかった。これは良尚のエゴだ。
「…最低だな」
 嘲るように吐き出した。小さな呟きは、小春には明瞭な言葉として届かなかったようだ。聞き返されるのと、ある一点を視界に捉えるのはほぼ同時だった。立ち上がり、足早に二人の元を目指す。
 背後から小春の「やっぱ気になってるんじゃない」と呆れ声が聞こえたが、誤解を解くこともせず、振り返らなかった。


[短編掲載中]