年の頃は同じか上か。制服で高校生だと知れた。リアたちの学校からそう遠くはないところにある学校だ。汚れるのもお構いなしに片膝をつき、手にしている青色のハンカチをあてがっていた。深刻な面差しで腫れの具合を看ている。
「えっと、あの…?」
「ごめんね、いきなり。相当腫れてるけど、大丈夫?」
 ついと上げられた顔に、まともに視線がかち合う。
 サイドは耳にかかるかくらいの長さの黒髪がさらさらと揺れた。前髪の奥から覗く双眸が印象的で、一度目線が絡めば逸らせなくなる。整った顔立ちと空気感に見惚れてしまう。
「ハンカチ濡らしたくらいじゃ全然役に立たないな」
 独りごちる音量で再び視線をリアの足首に落とし、ハンカチを僅かに離すと顔をしかめた。この人の方がよっぽど痛そうな顔をする。
「遅くなってごめんね!氷もらってきたよ。砕いてもらってたら時間かかっちゃっ、て…」
 人波から顔を出した唯衣が、リアと少年を認め、中途半端な距離感で立ち止まる。言葉尻は現況を把握しようと思考回路の方に意識を持っていかれて小さくなった。目顔で「誰?」と訊かれても答えようがない。かぶりを振った。
「いいね、それ。貸してくれる?」
 二人の遣り取りを静かに見守っていた少年は上半身だけを捩り、唯衣に向かって手を差し出した。戸惑いつつも渡された氷入りの袋をいったん掌で均す。
 唯衣は傍に寄ってきてしゃがみ込んだ。
「大丈夫?痛い、よね。……ほんと、ごめんね」
 湿った声で謝られると、こちらが苛めてる気分になる。
「平気平気。そんな顔しないでよ」
「だって、あたしの所為…」
「唯衣は悪くないって」
 すっかり半べそ状態だ。元々小さな体躯の唯衣が膝を抱えると益々小さく見えた。唯衣の頭に手を乗せると、あやすように柔らかく叩いた。
「あのさ、」遣り取りの隙間を見計らったタイミングで少年が口を開く。「冷たいけど我慢してね」
 見目通りの柔らかい語調と手つきだった。ハンカチを慎重に足首にあて直し、氷袋の真っ平らにした側を重ねた。宣言通りの冷感に一瞬目をつぶる。
「大丈夫?」
 これまた柔らかな笑みを携えリアを見上げる。頬に熱が上昇する勢いで、振り切るようにして頷いた。彼の纏う緩やかな空気感は一向に変化なく、作業を見守っていた唯衣に視座を転じた。唯衣にしてみたら唐突のことで、肩を揺らした。
「ここ、押さえててくれる?」
「は、はいっ」
 鞄からタオルを取り出し、氷の上から締め付けすぎない程度に縛って固定した。優しい所作に、手当てに伴う筈の痛感はない。
「とりあえずの応急処置。あとでちゃんと手当てしてね」
 ひと段落ついて安心したように息を吐く。笑顔が語調と融合して、ほんわかした雰囲気を纏う人だった。立ち上がる動きを、リアと唯衣は揃って追い掛け見上げる。
「優輔」
 逆光に目を細めた時、別の角度から声がした。優輔と呼ばれた少年は知り合いに対する気安い表情を声の主に向ける。
「諒。どうだった?」
「ばっちり。任せとけって」
 得意満面、親指で後方を指しながら近づいてくる。
 同じ高校の制服を着ていた。いったんお互いに目線を合わせてから、後から出現した少年――諒が指差した方向を見て納得顔で笑った。
 リアも座ったままでつられて見遣る。手当てを受けてる間に肥大した人だかり越しに、サイレンを止めたばかりのパトカーのランプが見えた。
「大丈夫か」
 いつも間にやらリアの傍らに諒が屈んでいて驚く。自分を見上げてくる間近な距離感に戸惑い、優輔とは種別の異なるこれまた美形な顔立ちに、またもや顔が熱い。揃いも揃ってモデルでもできそうな二人が目の前に出現している事実に、受験ノイローゼの幻覚か、などと馬鹿げたことが掠めた。ノイローゼになるほど煮詰まってないくせに。
 ひらひらと眼前で手を振られ、見惚れていた意識から慌てて還る。
「痛すぎてやられたか?」
 微妙に失礼な物言いだ。惚けていたのを誤魔化す意味も含めて眉根あたりに力を入れた。これではしかめっ面になってる、と慌て、力を抜く。
「あっ…と、ごめんなさい。大丈夫です。すみません」
 矢継ぎ早な返事に男二人は顔を見合わせる。噴き出すまではいかずとも、噛み殺す笑い方に軽くむっときた。美形に笑われるのってなんか癪だ。
「面白いな、お前」
 くく、と笑い声を立てられ、ますます不本意。唇が尖るのを自覚する。優輔は肘で諒を小突き諌めた。悪い、と笑いを押し込めつつ言って、リアと唯衣を交互に見た。「ちょっとさ、事情聴取があるんだって。時間平気?」
「事情聴取っ?」
 リアと唯衣は素っ頓狂に揃う。そこでようやと、諒の手にあるものに気づいた。
「捕まえてくれたんですか?」
 唯衣の鞄から推察するや、リアは口を開いていた。
「足の速さだけは自慢できるから」
 諒が返事をするよりも先に、優輔が口を挟む。「だけ、は余計だ」と諒は相棒を軽く睨みつけた。
 その日は結局、塾には行けずじまい。警察で状況を説明して、保護者がくるまでの時間を過ごした。事情聴取の単語に身構えていたのだけど、想定していたほど硬いものではなかった。
 解散後しばらくして、連絡先の交換をすればよかったと思ったところで、後の祭。
 そして数ヵ月後。
 揃って同じ高校へ無事進学したリアと唯衣は、入学して早々、二人と再会した。


[短編掲載中]