不眠状態が続くと機能的に何とか眠れるものだ、と天井が見えた時に思った。けれど熟睡にはほど遠く、目蓋を開けても躯を起こす気になれなかった。首をよじり部屋を見渡す。
 テーブルの上に布を被せられた物が置かれていた。鈍重な動作で布を取り除くとその下から綺麗に並べられた食事が顔を出す。ここに置かれてからだいぶ時間は経過していたらしく、冷めきっているがいい匂いがした。
 食欲はなく、申し訳なかったがそれには手を付けず、添えられている水差しから一口飲み窓を開けた。陽は高く昇っており、暖かな風が舞い込んでくる。
 快晴の空はひどく自身を小さな存在にさせる。自己嫌悪に陥った。
 ミウカに、謝らないとな。
 あの後、城へ戻りコウキの所へ行くミウカとの分岐点にきてようやと目を合わせた有様だった。一晩明けて今に至る。
 新調したばかりの服に袖を通し、扉を開けた。考え事をしながらの動作は意識していない分、大振りになってしまっていた。
「っ、きゃあ!」
 丁度ノックをしようとしていたらしい格好で戸口に立っていたシェファーナとぶつかりそうになった。
「ご、ごめんっ」
「いえっ…」
 慌てて互いに下がって距離をとる。次に目が合った時には同時に表情を緩めた。
「食事お持ちしました。昼食になりますが。…よく眠られましたか?」
 テーブルに手付かずで残されている朝食を見て、嬉しそうに微笑む。
「あれはシェファーナが?」
「ミウカ様です。代わりに行って下さるとおっしゃられたので」
「人が入ってきたの全く知らなかった」
 そこまで爆睡していたのだろうか。明け方まで浅い眠りと覚醒の狭間を行ったり来たりして、深い眠りに落ちた感覚はなかったのだが。
「ミウカ様は気配消すくらい殊勝なんです!起こさないようにそうされたのでしょう」
 自慢げに嬉々としてしゃべるシェファーナをポカンと見つめた。
 ミウカほどの強さがあれば当然のことなんだな、と自己解決させる。ザドーに剣を向けた時も気配はなかったと思い出す。
「そ…そうか。…とりあえずそれ、もらおうかな」
 盆を受け取ろうとして空かしをくった。
「リイヤ様は座ってて下さい。私が用意します。あちらは下げますね」
「そこまでしてもらわなくても…」
 皇族でも客人でもない居候の身で申し訳なかったし、何よりそれくらいのことは自分で出来る。
「駄目です。私の仕事ですから」
 きっぱりと言い放ち、失礼しますと頭を下げてから莉哉に構わず入室した。手持ち無沙汰になった両手を仕方なく脇に戻し、侍女の仕事ぶりを傍観することにした。
「ミウカは?」
「巡回に行ってます。あ、巡回というのは…街の見回りですね」
 シェファーナはテキパキとテーブルを整えていく。
「ミウカってさ、何者なの?立場っていうかさ、そーゆうの」
 動かしていた手をピタリと止め、まじまじと莉哉の顔を見上げた。
「ご存知なかったんですか?」
「聞くタイミングを逃してて…」
「そうですか」
 さして気にした様子もなくシェファーナは微笑んで続けた。
「ミウカ様は皇室付騎士団の団長です。主にコウキ様の側近とでもいいますか…。近衛隊と言った方が判り易いですか?」
 突飛もない回答に言葉を失った。何から突っ込んだらいいのやら、状態。
「宰相のお子であったミウカ様は、幼少の頃からこの城で育ったのだと聞いております。コウキ様タキ様とは幼馴染みということになりますね」
 呆気にとられ間抜け面の莉哉にシェファーナは首を傾げる。なんでもない、と誤魔化し笑いを浮かべた。それで合点がいった。
 彼女の強さも、剣帯の意味も。
 でも…。兄弟に対するあの態度はどうなんだろう。ありなのか?
 いくら幼馴染みといえども、主と臣下の関係なのだ。逡巡していると陽気なシェファーナの声に我に返る。
「お似合いです。ミウカ様のお見立てですよね」
 切り換え早く、食事の支度に戻っていたシェファーナは手を動かしながら問い掛ける。
「ん、そう」
 服の種類は沢山あって何を選べばいいのかさっぱりだった。なのでミウカに任せっきりにして適当に相槌を打っていたらあっという間に決まっていった。
 城で用意された衣服に比べれば若干質は落ちるのだが気になるほどではなく、むしろこの方が着心地がいいくらいだった。
「似合ってる?」
「とっても。お似合いです」
「…そっか。こっちの人間に見えるかな」
「見えますよ」
「でも…。ちょっと聞いてもいい?俺の目の色って珍しいのかな?」
 明らかに戸惑い顔だった。
 この世界の服を着て歩いていても向けられる奇異の視線。ミウカが莉哉に衝き付けた剣を寸止めしたこと。――思い当たるのは目の色が、他とは違うから。
「そうなんだよね?」
 できるだけ優しい声色を作った。深刻な雰囲気は作りたくなかった。――それは、彼がトラウマを隠すための手段。
「…隠すことではないので。そうですね。このラスタールにはない色です。リイヤ様の瞳も髪も。ですがミウカ様は…」
「そっか」
 シェファーナの言葉を遮り、意識は過去へと逆行していた。
 どこに行っても俺は異質なのか…。

 ――変な色だなー。
 ――ガイジン。近寄んなよ。
 ――こっち来んな。キモイ。

 幼いだけに、言葉はひどく残酷だった。ストレートに、容赦なく、彼の心をズタズタにした。


[短編掲載中]