新入生獲得の為に運動系・文系問わず、部活動の勧誘のアピールタイムを与えられる場が、毎年同時期に設けらる。体育館に一年生を集め、上級生が短い時間を有効に使おうと躍起になる。それが部活紹介だった。
 比較的運動系は面白ろおかしく盛り上げるのが巧い部が多い中、やはり文系は地味になりがちで。そんな中、一際注目を集めたのが天文部だった。
 高校の部活にしては珍しい種類である上に、部長を務める素路莉哉という人物は、そこにいるだけで人目を惹く魅力の持ち主だった。
 静かに落ち着き払った声音で紹介をする彼の姿に、見惚れる女子生徒は数知れず。だがミウカだけは澄まし顔の莉哉を見て、吹き出すのを懸命に堪える羽目に陥っていた。
 向こうにいた時、たまに窮屈そうな顔が見えたのは、この部分か。と勝手に納得していたぐらいで。
 この日から二、三週間は一年生の廊下には、勧誘に走り回る上級生(特に二年生)の姿が多く見られる。早くもどこかしらの部活に入部した一年生は他のクラスを訪問したりして、休憩時間の度に、とりわけ放課後は大賑わいだった。

 南校舎の最上階の更に上。普段開けられることのない扉を力を込めて押してみる。駄目もとでの行動だったが、重量感を掌に乗せて、ゆっくりと屋上への入口が開かれた。
「あ、れ…。開いた…」
 拍子抜けしたまま独りごちて、薄暗い建物の中から屋上へと足を踏み入れる。少し冷たい風が脇を通り過ぎていった。以前は腰くらいまであった髪も今では肩より長いくらいで、風に煽られて頬に毛先があたった。それを振り払い、音を立てないように扉を閉める。
 普段は開放されていない場所だと聞いているだけに、開錠されているのが引っ掛からなかったわけではないが、今は気にしないことに決めた。とにかく落ち着ける場所にきたかったのだ。どうにかかわしてきたあの喧騒に再び飛び込みたくはない。
 単身乗り込んだ少女――ミウカはくるりと見渡して、今しがた自分がくぐり抜けてきた、昇降口の凸部分側面についている梯子を見つけた。上まで登れるようになっている。
 こんなところを逸兄に発見されたら「なんとかは高い所が好きだって言うしな」って呆れられるか、怒られるかどっちかだな。などと思いつつ、梯子を登っていく。
 ナラダにいた頃に比べれば楽勝な行動なのだが、こちらの世界の少女はこういうこと自体をしないらしい。
 逸の所に転がり込んで数ヶ月。みっちり『こちらの世界の当たり前』を叩き込まれて今に至る。言葉遣いもその一つだ。が、まだまだ勉強が必要だと逸には呆れられるばかりで。
「よっ…と」
 登りきって、大きく伸びた。仰ぎ見れば突き抜ける蒼空だけが視界を埋める。風が心地いい。
 ――空は同じだよ。
 天にたゆたう星の川を見上げ、呟かれた言葉が思い出される。こうして見上げる度、実感として身体に沁み込んでくる。
 だけどあの時は「似ている」意味の「同じ」だった。今は同じ世界で、同じ空気で、同じ空だ。本当の意味での「同じ」なのだ。
 ぎゅっと堅く、拳を作った。
 こちらの世界にこられたことは、奇跡と言っていい。
 絶対に、無駄にするものか…!

「あれ。先客だ」
 どっぷり回想にでも耽っていたので気づかなかった、というほどミウカにとっては唐突な声だった。
 人の気配を感じなかったと思うも、油断しすぎていたのだろうかと内心舌打ちする。
 なんだ?【赤銅】が消えた影響なのか?ラスタールにいた頃にはこんなに腑抜けではなかった筈。気が緩んでいるだけ?それとも…まさか…?
 懸念を振り払い、とりあえず声の方角へと身体をよじり、相手を確かめる。見たことのない顔が二つ。眼鏡を掛けた人と明るい茶髪。ネクタイの色で三年生だと判別した。
「あの、えっと。ごめんなさい。…開いてたものだから」
 物理的にミウカが高い位置にいるので、二人を見下ろす形になってしまうのだが、年上を見下ろして話をするという行為はひどく無作法に思えて、せめてもの礼儀としてその場に正座した。立っていればスカートがはためくのも防止できる、一石二鳥と思ったのは口にはしなかったけれど。
「一年生の、貴奈津さんだよね」
「え。どうして名前…」
「案外有名人って、自覚してない?」
 意外だなぁ、と呟く。どう答えていいものか判らず、黙って首を傾げた。
「俺達の内輪では話題にあがることもしばしばなんだ」
「えっ…と…」
 ますますどう反応すればいいのか悩みどころだ。
 ミウカに笑顔で話し掛けてくる茶髪の人は元が人懐っこいのか、嬉々として言葉を投げ掛けられるのは不快ではないのだが、なかなかの饒舌ぶりだ。ぽんぽん言葉を投げ掛けてくる。
「そんなこと言われても困るよね」
 それまでずっと黙っていた眼鏡君が饒舌君をたしなめる。これに同意するわけにもいかないので、とりあえず愛想笑いを浮かべておいた。
「あー、ごっめんねぇ。莉哉にもよく怒られんだよね。お前はデリカシーがないってさ」
「え…知り合い、ですか?」
「うん?莉哉?」
「はい」
「友達だよ。同じクラス。俺が成澤でこっちが井塚。俺のことはナルって呼んで?」
 こっちが、と言いながら親指で眼鏡君を指した。成澤は饒舌のままに梯子を数段登って顔を出す。宜しくね、と差し出された手を戸惑いがちに握り返そうとして、
「なぁにやってんだよ」
 呆れた口調が割り込んできた。ミウカもよく知る人物の登場だ。


[短編掲載中]